一〇八(仮)

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ライトノベル作家川口士のブログです

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番外:都条例

 今回はちょっと真面目で堅苦しい話をします。

 他の作家さんもとりあげてる「東京都青少年健全育成条例」改正です。
「2次元児童ポルノ」規制案とも呼ばれたりしています。

 といっても「2次元児童ポルノ」は煽り文句のようなものです。
 実際はポルノに限らず、非常に広い範囲の創作物を対象にしています。
 漫画やアニメなどに登場する18歳未満のキャラクターを「非実在青少年」と規定し、
 こうしたキャラの性的描写や暴力描写があるものを成年向け作品、一般作品を問わず「悪質な商品」として「不健全図書」に指定、販売と閲覧を禁じるものです。

 もう少し噛み砕いていえば、漫画やアニメを作る側に対して

「あなたのつくっているものが健全なものかどうか審査します。
 ただし、こちらの主観であって公平性、客観性はありません」

 であって、そういうものを楽しむ側に対しては

「あなたの見ている漫画やアニメが健全なものかどうか審査します。
 ただし、こちらの主観であって公平性、客観性はありません」

 というものです。
 そもそも創作物に対する規制、という時点でこの条例は表現の自由を侵害しており、非常に問題があるのですが、より恐ろしいのは条例の中でのさまざまなことについて、定義ができてない、設けられていないということです。

・客観的な基準がない

 性的描写、暴力描写を規制するといいますが、そういった描写かどうかを判断するのは「条例を制定した側」です。客観的な基準はありません。
 何に対して性的なものを感じるのかはひとそれぞれです。何を暴力と思うのかも、です。

「〇〇だけど、規制対象になったから」
「え、なんで?」
「〇巻の〇ページを見て。ほら、主人公が友達にデコピンしてるでしょ。暴力行為じゃない」
「(えー?)いや、でもそれは友達同士の……」
「子供が真似したらどうするんですか!」
「いや、だからですね……」
「子供が真似したらどうするんですか!」
「…………」
「子供が真似したらどうするんですか!」

 とか

「〇〇だけど、規制対象になったから」
「え、なんで?」
「〇巻の〇ページを見て。ほら、ここに描かれてる仏像の腰のラインがいやらしいでしょ? 性的な描写ですよ、これは」
「(えー?)いや、でもそれは仏像ですし……」
「子供が性的欲求を覚えたらどうするんですか!」
「いや、だからですね……」
「子供が性的欲求を覚えたらどうするんですか!」
「…………」
「子供が性的欲求を覚えたらどうするんですか!」

 こんなコントにもならないような世界になります、マジで。
 自分が読んでいるものはエロ描写も暴力描写もないから関係ない、となる可能性は限りなく低いです。判断するのは向こう側なので。

 パンチ一発ノックアウトが物足りないと読者は思っても、規制を推進する側が過剰と判断すれば、過剰な描写となってしまうのです。

 これについて問い質した際に向こうが返す
「みなさんが懸念している〇〇は規制対象には含まれません」
 という言葉は、正確には

「〇〇は規制対象には含まれません、いまのところは。今後、我々の中の誰かが問題視したら、条例に沿って粛々と規制します」

 です。この曖昧さが、もっとも恐ろしいところなのです。


・根拠がない

 そもそも、そういったものがよくない影響を与えるといっても、それはニュースや映画といった他の媒体も同じなのですが、それを言い出すときりがないのと「じゃあ、それはあとで規制するからとりあえずこっちを先に」で逃げられる可能性が高いのでやめておくとして。

 そういったものを規制すれば健全な人間ができあがるという根拠がない。
 そういったものを規制しない場合、健全でない人間ができあがるという根拠がない。

 青少年健全育成、子供のために、というお題目を掲げる割にこのあたりについてデータがまったくないのです。
 そもそも健全な青少年、という定義も曖昧ですが。エロ本1冊読んだら人間失格ですかね?

 むしろ世界的には、悪影響を与えるという結論が否定されています。一時期まことしやかに囁かれたゲーム脳も、いまでは笑い話の種にしかなっていません。


・理解がない

 規制を推進している側に、作り手に属しているひとはいません。
 そして、彼らはこれらの媒体を理解せず、一方的に、暴力的に排除しようとしています。(彼らの中には、作り手たちを障害者と認識するべきだ、と侮辱する発言をしたひとさえいます)

 一例として、この案が出されたときパブリックコメントの9割が反対を唱えました。にもかかわらず、彼らは案を見直すこともなく採択の場まで強行に持っていきました。
 そうした姿勢の方が、よほど子供や現実の青少年に対して悪影響を及ぼすと思うのですが。



 歴史は、規制によって状況が悪化したことを教えています。
 中国では焚書によって多くの文化物が失われたし、アメリカの禁酒法はマフィアが生まれる土壌を作りました。

 それは外国の事例ではないかと思うかもしれないですが、日本でも過去に似たような規制が行われたことがあります。

 明治時代、黒田清輝という画家の描いた裸体画を猥褻であるとして、絵の上から茶色の帯を巻いたという事件がありました。
 現代においては、この作品はごくふつうに美術品として扱われています。
 当時の当局の行動は愚行以外の何物でもないのですが、帯を巻いた側は自分たちが間違っているとは思っていなかったでしょう。

 アニメや漫画が悪い影響を与えないとは言い切れません。
 ですが、よい影響を与えているのは確かです。

「キャプテン翼がなければサッカーをやらなかった」というサッカー選手がいます。
 アトムやガンダムを見て、こういうのを作りたいという一心で科学者を目指したひとの話も聞いたことがあります。
 半村良という作家が「作家は読者の成れの果て」と言ったことがありますが、おもしろかったり感動した漫画や小説に触れて、漫画家や小説家を志したひとはいると思います。(ちなみに僕はそうです)

 今回の規制は、そうしたひとたちが生まれる機会すらも阻害してしまうのです。
 後に続く者がいなければ、その文化は廃れてしまいます。
 そして、その作品が、それに触れるひとたちにどのような影響を与えるかはわかりません。
 その作品が世間からどのような評価を与えられるのかも、上に挙げた黒田作品のように、時間の経過を必要とするものが多いのです。

 自重や自主規制は必要だという声があるのはわかります。
 ですが、線引きというものは本来、制定側と作り手側とが協議を重ね、慎重に、丁寧に進めていくべきものです。
 決して一方的に制定されるべきものではありません。まして、彼らはこちらの言い分に聞く耳をもっていないのですから。


 ……長々ととりとめなく述べてきましたが、ようするに僕はこの条例改正案に反対です。


 たとえば、エレベーターの中にあなたともうひとりの見知らぬ人がいるとして。
 その見知らぬひとは手に包丁を持っている。
 そのひとは言う。
「刺しませんよ」と。
 刺さないと言われたって安心できるもんじゃない。そのひとは続けて言う。
「刺しませんが……あなたが私の定めたルールに反する台詞を言ったり行動をとったりしたら刺します。そういうルールですから」

 こんなホラーはいやですから。


 僕は区民なのでひとまず自分とこの区担当の都議会議員に封書を送りました。
 もしもこの記事を読んで、この案に危機感を覚えた方がいてくれたなら、何らかの形で反対の意思を表明してくれると嬉しいです。
by tsukasa-kawa | 2010-03-16 23:01 | 日常雑記