一〇八(仮)

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ライトノベル作家川口士のブログです

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新刊紹介・他

 9月1日は防災の日らしいですが、昨今の情勢を考えるとこの機会に設備や道具の点検などをしておいた方がいいやもしれません。カップ麺はお湯が必要だから非常食にはなりにくいぞ? そのままかじっても喉渇くしね。
 時候の挨拶をライトにすませたところで、まずは本日が正式発売日なHJ文庫の新刊の紹介をば。
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 手島史詞  魔王の俺が奴隷エルフを嫁にしたんだが、どう愛でればいい? 3

 手島さんの魔王夫婦ものも順調に3冊目。コミカライズ企画進行中だそうですよ。 そういえば先日、この作品の略称について手島さんが魔奴愛と言い放ったので、それはやめておいた方が……と言いましたが、魔奴嫁とかに略して紹介してるひともいたりして、もう何でもいいんじゃないかと思いました。個人的には愛でればなどのひらがな多めが好きです。検索しにくくなるけどね!

 さて、脈絡なく話題を変えて、舌切り雀ですよ。昔話の中でもメジャーな話ではないでしょうか。
 昔々あるところに、心優しいお爺さんと欲張りなお婆さんという、揉めごと次第では離婚待ったなしな夫婦が住んでいまして、あるときお爺さんが怪我をした雀を連れて帰り~というところから物語がはじまります。お婆さんは雀が勝手に洗濯のり(炊いた米を潰して糊にしたものと思われる)を食べたことに腹を立て、舌を切り取るのですね。

 その後、お爺さんは雀をさがしに山へ入り、雀と再会し(説によっては、再会するまでに馬の血だの牛の小便だのを飲む羽目になる流れもある)、もてなしを受け、帰りに二つのつづらのどちらかを贈ると言われます。島耕作がアメリカで会ったホームレスに何となく親切にしたら、その正体は取引先のオーナーだったという話を思いだしますね。こうした話は時代に合わせつつ、世代を超えて語られるのでしょう。

 それにしても、優しくしてくれたお爺さんにも小さなつづらと大きなつづらを選ばせて試そうとするあたり、この雀、割とど畜生です。鳥類がど畜生なのは現代にかぎったわけでもないのですね。大きなつづらに妖怪が入っているとすれば(後々の展開を考えると、これが妥当)、お爺さんが「大きいのを持って帰ればお婆さんも喜ぶじゃろう。ちょっと頑張って大きいのを持っていくかのう」とか言いだしたらどうするつもりだったんだ。
 そうではなく、どちらにも金銀財宝反物類が入っているとすれば、いかにも小さい方を持っていかせようとしているふうに見えてけちくさい。
 ともあれ、お爺さんは小さなつづらを持って帰り、中には金銀財宝が入っていて、それを見たお婆さんは自分もと山中に入って雀と会い、大きなつづらを選び、中には妖怪が……となるのです。

 いかにもお婆さんが雀の舌を切ったことや、欲張ったことが悪いように描かれますが、前述した通り、雀もたいがいです。おまえ大金持ちで妖怪マスターのくせに、ただの雀のふりをして居候した挙げ句洗濯のりをつまみぐいしたのかよ。
 この話から導かれるのは、見た目で判断しては危険、ということでしょう。お婆さんも、遅くとも雀が人語を喋ったあたりで警戒すべきだったのです。相手の正体と能力をさぐり、見事に突き止めることができていたら、また別の物語が展開したかもしれません。



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by tsukasa-kawa | 2017-09-01 18:13 | 新刊紹介