9月4日のお話

 数多ある日本昔話の中でも、桃太郎は一、二を争うメジャーな話でありながら、タイプとしては珍しい冒険物語だと思うのですよ。
 金太郎は頼光にスカウトされるまで山を出ず、一寸法師は京を目指して旅に出るとはいえ、すぐに到着します。浦島太郎にしても海底は竜宮城への通過点であって、旅するわけではない。
 旅に出て、仲間を得て、敵と戦って財宝を得る。やっていることはむしろ、神話で語られる英雄のそれに近いのですね。王道RPGといってもいいかもしれません。だからこそ桃太郎は魅力的な物語として語り継がれ、多くのひとが題材にしたのだろうと思います。

 そして、桃太郎に同行する旅の仲間。犬、猿、雉。いわば旅を支える名脇役です。
 猿蟹合戦における栗、蜂、臼、牛糞が、子蟹から事情を聞いて無償で協力を申し出たのに対し、彼らは黍団子を対価として求めます(獣から申し出る場合もあるし、黍団子をねだる獣に桃太郎が条件を出す場合もある)。「悪い鬼とやりあうんですか、手伝いますよ」とは決して言わないのです。桃太郎は勧善懲悪の物語とよくいわれますが、はたしてそうでしょうか。正義感を持っているのって、よくて桃太郎だけ。他は傭兵よろしく契約によって同行している。

 ここで気になるのは、黍団子って鬼と戦う対価としてはまっとうなものなのか。バージョンによっては桃太郎に「半分だけ」と値切られることもあります。
 古典をあたっていくと、団子ではなく餅だという説があり、ある種の餅には邪を払う力があるとされていることを考えると、ゲーム風にいえば世界樹の雫とかエリクサー的な、相応の価値があるものかもしれません。あるところに住んでいるようなお婆さんにそんなもんが作れるんかという疑問がありますが、桃太郎の入っていた桃は、そのお婆さんの前に流れてきたのです。ことのはじまりから相手を選んでいた可能性は考えられます。

 しかし、もうひとつ疑問が出てきます。これはほとんどの桃太郎に共通するのですが、獣たちは鬼退治のあとも桃太郎に同行して財宝を運ぶのを手伝っているのです。出会ったところにさしかかったら別れるとはならず、バージョンによってはそのまま桃太郎のそばに居着く話もあります。
 旅の中で戦友意識が育まれたのでしょうか。宝の分け前にあずかるために桃太郎の村まで同行したのでしょうか。
 あるいは、獣たちにとって、桃太郎は危なっかしい人間に見えたのかもしれません。陣羽織に旗指物に刀という桃太郎のイメージは明治頃、かなり後の時代になってつくられたものです。それ以前は、黍団子以外に決まった武装はありません。
 お爺さんとお婆さんの家にろくな武具があるとは思えず、棍棒と布の服みたいな装備である可能性は高い。だって村人だもん。生みの親は桃だし。
 そんな風体で鬼ヶ島に向かう若者を見て、こいつは俺が見ていてやらないと駄目かもしれん、と獣たちは思ったのではないでしょうか。



web拍手を送る
by tsukasa-kawa | 2017-09-04 21:20 | 日常雑記

ライトノベル作家川口士のブログです。「魔弾の王と叛神の輝剣」他、発売中です。よろしくお願いします。


by tsukasa-kawa