一〇八(仮)

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ライトノベル作家川口士のブログです。「魔弾の王と戦姫」18巻、それから片桐雛太さんの魔弾画集、11月25日発売です。よろしくお願いします。

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9月15日のお話

 ひとには向き不向きがあります。好きこそものの上手なれ、という言葉は好きですが、やはり身体が大きくて運動神経のあるひとはスポーツでおおむね有利ですし、事務処理が得意なひととそうでないひととでは一時間あたりの処理量や、必要な道具がないときの応用などに顕著な差が出てきます。そして、何が自分に向いているのかということについては、色々とやってみなければわからないものなのです。
 挨拶代わりにそんな前振りをして、わらしべ長者ですよ。
 貧しい男が観音様に「どうかこの生活から抜け出たい」と願掛けをすると「この寺を出たときに最初に手にしたものを大切に持って旅に出るように」とお告げを受ける。寺を出ようとしたときに男は転んでしまい、身体を起こしたときに手には一本の藁が……という流れで物語ははじまります。

 この男がそれまでどんな生活、どんな仕事をしていたのかはわかりませんが、観音様が即座にお告げをくれるあたり、真面目に働いていたのでしょう。信心深さも持ち合わせていたと思われます。
 男は藁を持って旅に出て、うるさい虻を捕まえて藁にくくりつけ、それを蜜柑と交換し、蜜柑を反物と交換し、反物を馬と交換し、馬を屋敷と交換して見事長者になります。蜜柑と反物、反物と馬の交換については、男から申し出る場合もあれば、相手から申し出る場合もありますね。
 藁をもとでに神仏のご加護で次々といいものを手に入れていったように見えますが、本当にそうだったのでしょうか。
 藁は、それだけでは役に立ちませんでした。虻をくくりつけることで、はじめて子供の注意を引き、蜜柑と交換するまでに至ったのです。
 蜜柑と反物を交換する場合も、話によっては蜜柑をあげたところ、お礼に反物をもらったというものもあります。この場合だと、相手がお礼をくれなかったら男の手元には何も残らなかったわけです。
 反物と馬の交換においても、受けとった馬は疲れきっていて役に立つかどうかわからない状態でした。男が手厚く看護することで元気になったのです。
 男はただ運がよかったというわけではなく、判断力もあれば、損をしてもかまわないというおもいきりのよさもあり、手に入れたものを大切にする努力も怠らなかったのです。そうした男の能力は、環境を変えることでようやく発揮できたのだと思われます。
 やりたいことや適性に悩んでいるひとは、いつもと違うことをしてみると案外そういうものが見つかるかもしれません。



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by tsukasa-kawa | 2017-09-15 17:59 | 日常雑記