一〇八(仮)

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ライトノベル作家川口士のブログです

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9月16日のお話

 声高に時代は超高齢社会だとコメンテーターが不吉な予想図立てて闇にまくしたててますよ。こんばんは皆さん。そしておやすみなさい。
 まああれです。挨拶をした手前、どこかで調整しなければならんかったしのう。
 さて、姥捨て山です。もとは中国やインドから伝わってきたといわれる、だいぶ古いころからある物語ですね。

 お殿様が、年寄りは不要であり捨てるべしという布告を出す。ひとりの男が仕方なく年老いた母親を捨てようとするも、思い直して家の床下にかくまう。
 その後、隣国がお殿様に何度か難題を突きつけ、男はその答えを母親から教えてもらって隣国を追い払い、それを知ったお殿様は布告を撤回する。

 バージョン違いとしては、母親を捨てようとする男に、息子が「父親を捨てる時のためにやり方を知りたい」と言って同行をせがみ、それによって自分の行為の恐ろしさを悟った男が母親を捨てるのをやめる……というものがありますが、共同体で語り継ぐお話としてはこちらの方が妥当かもしれません。上のお話の方が痛快さはありますが、知識も技術も培ってこなかった老人は捨ててもいいという解釈を招きかねませんからね。たとえば不作の年に、口減らしのために子供を売る、老人を捨てるといったことはどの地域でもあったでしょうが、それとこれとは意味が違います。

 しかし、捨てられた老人たちにしてみれば、だからといって山中でのたれ死ぬ理由はありません。法の外に置かれたのですから、法を守る理由もない。
 この場合、老人たちがとる手段は二通り考えられます。
 ひとつは、集まって山の中にコミュニティを築くことです。いちいち遠くの山に捨てているという描写はありませんから、老人たちが小さいころからよく知っているような山に捨てていると考えていいでしょう。つまり、何がどこで採れるか、川の流れ、獣のねぐらなどについて、おおまかに知っていると考えられるわけです。熊や野犬など獣の存在が脅威ですが、獣避けの柵などを備えた拠点を作ることができれば、いつかは棲み分けができるでしょう。というかできなかったら全滅です。人里でしか手に入らないものが必要になった場合は、木の実や薪になる枝など、山でしか手に入らない、又は山で集めないと効率が悪いものを用意して物々交換する手がある。
 人口については、布告が撤回されないかぎり定期的に送りこまれてくるので、山に相応の食糧があり、獣たちとやりあえる老人たちが一定数そろえば強力なコミュニティができあがりそうです。老練や老獪という言葉は、適当につくられたものではありません。

 もうひとつは、集まって山の中で食糧になりそうなものをかき集めたあと、隣国へ逃げることです。隣国のお殿様に謁見して「うちの国の殿様はこんなことをしたのです。いま、うちの国の若者を煽れば混乱を起こすことは簡単です」と教えれば、褒美ぐらいはもらえるでしょう。本作の男がまさにそうでしたが、お殿様の布告に納得していない者は多数いるはずです。そうした者たちは、情のない布告を出したお上を恨んでも不思議ではありません。さらに隣国のお殿様が太っ腹だったら、逃げてきた老人たちに金をやって煽動役に使うでしょう。
 あるいは、老人しか答えを出せない難題を隣国のお殿様が用意できたのは、そのように隣国へ逃げた老人がいたからなのかもしれません。



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by tsukasa-kawa | 2017-09-16 02:01 | 日常雑記