一〇八(仮)

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ライトノベル作家川口士のブログです

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9月16日のお話・2

 小さかったころ、家では金魚やセキセイインコを飼っていました。世話は主に父や母、弟がやっていまして、僕はたまにその手伝いをするぐらいだったんですけどね。
 金魚は水槽から出ることなく、インコもまた部屋の中から出ることがなかったのですが、彼らは何を言っていたでしょうか。隔離されていた、つまり情報の少なかった世界だったので「飯、寝る」ぐらいだったかもしれませんし、餌の内容や、家族ひとりひとりについて論評していたかもしれません。

 さて、聞き耳頭巾です。昔々あるところにいたお爺さんが、困っていた子狐を助け、母狐から頭巾をもらうところから話ははじまります。その頭巾をかぶってみると動植物の言葉が理解できるようになり、彼らが何を話しているのかがわかるという寸法です。
 そして、動物たちは人里での生活に慣れすぎたのか、人間界のゴシップしか話していません。川の中に金塊が転がっているのに人間が気づいていないだの、長者の娘が病気になっただの、それは楠の呪いだの、長者が新たに建てた蔵が楠の根を傷めているからだのと、どれだけ人間界に関心があるのかというぐらいです。
 もっとも、それを知っていたからこそ、母狐はお礼の品として頭巾をお爺さんに渡したのでしょう。頭巾をかぶってみても、今朝つついてみたミミズがまずかったとか、畑にまかれていた豆を一粒残さず食ってやったとか、そんな話ばかり聞かされる羽目になってはお爺さんへのお礼になりません。
 話を戻しますと、動物たちの会話を聞いたお爺さんは、長者の娘を病から回復させて、長者から褒美を受けとりました。めでたしめでたし。

 作中では、お爺さんと話しあった楠を除いて、お爺さんが会話を聞いていることに動物たちは気づいていません。そして、彼らの会話はあきらかに人間に聞かれていない前提のものです。しかし、人間界のゴシップには耳ざとい畜生たちです。お爺さんが長者の娘の病を治したこと、その方法、はたまた狐の母子の出会いについても、数日中には知ることと思われます。
 そのとき、彼らはどのようなアクションをとるでしょうか。
 ゴシップが楽しいのは他人事だからです。お爺さんが人間界で何をしようと動物たちにあまり影響はないでしょうから、たいして気にしないかもしれません。ですが、彼らのメンタルは人間社会の塵芥にまみれたせいか人間にかなり近いので、盗み聞きされたと感じてお爺さんを露骨に避けることも考えられますし、これ幸いとばかりに自分たちの要求を訴えてくる可能性もあります。
 聞き耳頭巾の物語は、むしろここから始まるのかもしれません。



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by tsukasa-kawa | 2017-09-16 23:59 | 日常雑記