一〇八(仮)

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ライトノベル作家川口士のブログです

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9月19日のお話

 空を自由に飛びたいな、というフレーズを聞いたら、ドラえもんといっしょにリアルバウトハイスクールを思いだす世代のおっさんです、こんばんは。世代は関係ないですね、おっさんです。
 連休も終わり、九月も残すところあと三分の一ほどになったというのに、なんであの先生は諦めずに夏休みの宿題を催促してくるんだろう絶対に出さねえ、それにしても週末の体育祭めんどくせーな、などと物思いにふけることの多い夜、いかがお過ごしでしょうか。
 いかにも優しげな語り口調が売りなDJっぽい挨拶を終えたところで、今回は(天に向かって)空を自由に飛んでいってしまった人妻のお話。「天の羽衣」です。これも有名な話の類に漏れず、地域ごとに細部の違う話がたくさんあるわけですが、大雑把に語るとこうなりますかね。

 狩人の男が山奥の泉に行くと、水浴びをしている女性を発見する。彼女の美しさに見惚れた男は、茂みに隠れてしばらく覗きを続ける。
 女性のものだろう羽衣が水辺に置かれていることに男は気づいて、それを盗む。
 女性は水浴びをすませるが、自分の衣が見当たらない。慌ててさがす女性の前に、男が姿を見せる。
 女性は自分が天女であることを明かし、その羽衣がないと天に帰れないと訴える。男は羽衣を返さないと言い、妻になってほしいと口説く。
 天に帰れなければ他に行き場のない天女は、仕方なく男の要求を受け入れる。
 ある日、天女は男が隠していた羽衣を偶然発見してしまい、天に帰る。

 見事な因果応報です。昔話にもけっこう人格のよろしくないひとはいますが、覗く、盗む、脅すと三拍子そろった男はなかなかいないのではないかと思われます。バージョンによっては見せつけて口説くのではなく、羽衣など知らないふりをして口説く話もありますが(最終的に夫婦生活の中で隠していた羽衣が見つかるのは同じ)、その場合は脅す代わりに騙しているわけで、悪辣なことには変わりありません。

 もっとも、男が天女に惚れこんだのは本当のようで、いろいろとあたってみた範囲では、結婚生活が悲惨だったというバージョンは見当たらず、ものによっては二人はお互いを支えあって仲睦まじく暮らした、という話まであるので、発端はともかく、天女もどこかのタイミングで男を受け入れたのでしょう。ご都合主義? まず天女の存在がご都合主義でしょうが。わざわざ地上に降りて水浴びするぐらいなら周辺に結界とかバリアとか張ってくださいよ。
 というか、本当に天女なのでしょうか、この子。ギリシア神話の女神アルテミスは、自分の水浴びを覗いたアクタイオンを鹿に変え、猟犬をけしかけて容赦なく殺しました。天女も熊か猪をけしかけるぐらいしてよかったと思うのですが、この天女、羽衣を取り戻すまで天女らしいことを何もしません。羽衣が本体かおまえ。それともポケットがなくなったドラえもんか。話を戻しましょう。

 ただ、それほど仲睦まじい夫婦生活ならば、なぜ羽衣が見つかった途端に天女は帰ってしまったのかという疑問はあります。
 ひとつは、昔話としての因果応報が考えられます。上にも書いた通り、男は決して正当な手段で天女を得たわけではありません。その報いを、彼はどこかで受けなければなりませんでした。欲張り爺さんが必ず痛い目を見るように。羽衣が見つかるのは必然だった、ということです。

 もうひとつは「羽衣を手に取る」ことが、彼女を天女にする、という可能性です。
 天女は、自分が天女であることを男に明かすときに言います。「羽衣がなければ天に帰れない」と。これは脅される場合にも騙される場合にもほぼ共通しています。それは「羽衣を手に取ったら必ず天に帰る」という誓約だったのではないでしょうか。たとえば雪女が、喋ってはいけないという約束を破られた瞬間、雪女に戻ってしまったのに似て。

 男も、長い結婚生活で気が緩んでいたのでしょうか。この生活がいつまでも続くと思ってしまっていたのかもしれません。羽衣を、それこそ天女がいないときに、家の床下深くにでも埋めていたら、また話は違った流れを見せていたのでしょうか。
 


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by tsukasa-kawa | 2017-09-19 23:59 | 日常雑記