一〇八(仮)

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ライトノベル作家川口士のブログです。「魔弾の王と戦姫」18巻、それから片桐雛太さんの魔弾画集、11月25日発売です。よろしくお願いします。

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9月30日のお話・2

「狐はね、油揚げがとくに好物っていうわけじゃないんだよ。根が雑食だし、お供え物という形でただでもらえて、食べられないってほどじゃないから食べるだけでね。だから、おばあちゃんがあの糞嫁早くくたばらないかねえなんて思いながらうっかり醤油をどばどばぶちこんじゃった稲荷寿司をお供えしちゃいけないよ。わかったかい」「ばあちゃーん! 村で飼ってるお狐様が! お狐様が! ばあちゃーん!」
 ずいぶん昔に聞いたおばあちゃんの知恵袋を書き綴ったところで、こんばんは。虫たちがささやかに鳴く秋の夜長、いかがお過ごしでしょうか。それでは「狐の嫁入り」を、といきたいところですが、この話、いくつかありましてですね……。

・夜、男が通りを歩いていると、遠くに嫁入り行列を思わせる無数の灯火が見える。あれが噂に聞く狐の嫁入りかと思いながら歩いていると、いつのまにか町外れの泥の溜まりの中に座りこんでいた。狐に化かされたのである。

・ある男が山の中で怪我をしていた狐を助ける。男は山を下りようとしたら迷ってしまい、一軒の家を見つけて泊めてもらう。そこの娘に気に入られ、夫婦の契りをかわして三年ほど暮らしたあと、村にいる親のことが気になって下山する。すると、自分が山に入ってから三日しか過ぎていなかったことを知らされる。狐に化かされたのである。

・ある男が、山中で嫁入り行列を見かける。嫁が木の陰に隠れたかと思うと、一瞬できれいな装いをして現れる。これは噂に聞く狐の嫁入りではないかと男は思い、こっそりあとをつけていく。やがて嫁入り行列は大きな屋敷に入っていき、男は煙管を吸いながら屋敷の中を覗き見ようとする。そこで景色が変わり、屋敷は消え、男の目の前には石灯籠しかなかった。狐に化かされ、煙管の煙で我に返ったのである。

・日照りの続く村が、生け贄を捧げて雨乞いをしようと考える。村一番の美丈夫が、人間に化けることのできる狐の娘をだまして嫁入りさせる。嫁入りによって村の人間という扱いになり、生け贄に使えるようになったのだ。男は狐に好意を抱き、事情を話して逃げるように言うが、狐もまた男に好意を抱いており、生け贄となる。村には雨が降り、男は涙を流した。

 狐につままれたような感じとはこのことだね! もうさ、バリエーションがどうのとか、地域ごとに違いが、とかじゃないですよ。「狐」「嫁入り」「化かす」で三題噺でもやってるんじゃないのこれ。しかも、これらひとつひとつにまたバージョン違いがあってさあ……。
 まあ、狐を神の使いと見做す信仰って平安時代からあるものねえ。安倍晴明の母親が狐だという逸話もあるし、それこそ地域ごとに狐のお話が生まれて語り継がれていてもおかしくないので……。

 ひとつひとつを語る余裕はさすがにないので、いちばん最初のものだけに絞らせていただきます。狐に化かされる話としては、もっともオーソドックスだと思うし。
 昔は、嫁いできた嫁を、夜に提灯を連ねた行列で迎えるのが一般的だったのですね。そこから嫁入り行列という言葉ができて、夜に提灯のような明かりがずらっと並んでいると、そう思われたわけです。この風習は昭和まで残っていたらしく、語り継がれてきたのはそのあたりにもあるのかもしれません。

 狐の嫁入りの形式が、人間のそれとはたして同じなのかという疑問はありますが、信仰に至るほどに、人間の生活の中で狐は身近な存在でした。狐の側が人間の風習を取り入れたと考えることは可能でしょう。群れではなく家族単位で暮らし、自立が早い狐に嫁入りの概念があるかといえば、子育てを夫婦で行うあたり、婿が嫁を大事にするのはたしかなようです。ならば、嫁を迎えいれるときも婿なりに祝ったとみていい。
 そんな狐の嫁入り行列を見た男が、ほどなくして化かされる。泥にはまる以外に、川に落ちてしまうものもあれば、持っていた食べものをいつのまにか奪われていたというものもあります。特徴としては、それほど深刻な被害を受けていないところでしょうか。そのため、笑い話ですんでいる節があります。
 嫁入り行列が幻であり、化け狐が人間をからかったという可能性はもちろんあります。あるいは、それが大半かもしれません。
 ですが、上にも書いたように、狐にとっても人間は身近な存在ではありました。完全な友好関係ではなかったでしょうけれども、敵対関係というわけでもありません。自分たちの祝いの場に通りかかった人間を、ちょっとした余興に巻きこんだと考えてみてもよさそうです。


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by tsukasa-kawa | 2017-09-30 23:58 | 日常雑記