一〇八(仮)

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ライトノベル作家川口士のブログです。「魔弾の王と戦姫」18巻、それから片桐雛太さんの魔弾画集、11月25日発売です。よろしくお願いします。

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10月1日のお話

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>その手のお話は海外だとトム・ティット・トットなんてのもありますね。鬼とインプという種族の違いこそありますがおまえらなんで自分の名前をいちいち歌に入れるんだ自意識過剰かって思いました。
 大工と鬼六のような、名前をあてられたことで怪異が力を失う話のことですね。外国にもこういう話がいくつかあるんですよね。この手の怪物は、主人公にやられる前に同じようなことを何度かしていると思われるので、昔、どうにかして名前をさぐりあてたひとが歌などの形で残していたのかもしれません。鬼やインプの身内が歌うなどしていた場合は、信頼の証などの理由で、身内にだけは教えておいたというところでしょうか。

 さて、今日から10月です。今日の東京はけっこう暑かったのですが、日が沈むとやはり涼しくなりますね。長袖もそろそろ全部出した方がよさそうです。
 と、挨拶をすませたところで、ちょっと小話を挟みます。
「見ろ、ばあさん、この大きな蕪を……!」「ああ、他の蕪を残らず取りこんでぶくぶくにふくれあがっちまってる……。じいさん、こうなったらこいつを何としてでも引き抜いて手に入れないと」「そうだ、わしらは冬を越せなくなる! 飢え死にが待つのみ……!」「おお、つかんでみるとなんて頑丈な葉だろうね。こりゃあ予備の包丁を用意しなけりゃならないねえ!」
 というわけで、今宵はロシアの民話から「大きな蕪」です。さすがにあらすじを語る必要はないでしょう。
 気になるのは、どうしてお爺さんとお婆さんは動物まで総動員して、ただ抜くことに固執したのか。
 いや、まあ、これだけいれば抜けるだろう、さらに人手が加わったんだからもうちょっとで抜けるだろう、という気持ちになるのはわからんでもないです。戦力の逐次投入は愚策として戒められていますが、裏を返せば割とそういうことをやるひとがいたってことですからね。手伝いに来たひとたちも、とりあえず引っ張ってくれとしか言われなかったのではという気がしますし、だから動物たちでも手伝うことができたのでしょう。

 とはいえ、おじいさんとおばあさんを、逐次投入してしまう側のひとと単純に見做してしまっていいのか。一歩、考えを押し進めるなら、問題は引き抜いたあとにこそ待っているのです。畑に大きくできた穴、おじいさんとおばあさんだけでは処理しきれないだろう蕪、蕪には春蒔きと秋蒔きがありますが、どちらにせよ当分飢えることになるだろう未来。人手が必要になる案件ばかりです。もしもそこまで見越して抜くことに固執し、ひとを集めたのだったら、このおじいさんは案外策士かもしれません。



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by tsukasa-kawa | 2017-10-01 23:59 | 日常雑記