一〇八(仮)

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ライトノベル作家川口士のブログです

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10月5日のお話

 ちょっと日帰りで遠出をしてきまして。それもあって一日ずつずれているんですが、近日中に帳尻は合わせます。だいじょうぶ、まだ10月ははじまったばかり……。

 さて。かつて、クレオパトラはユリウス・カエサルに会うために自らの身を絨毯に包み、贈り物としてカエサルのもとに届けさせたといいます。
 そう、出会いにおいて重要なのはインパクト! 長身でガタイもある男がいい声で「もう少し、彼女の話を聞いては……」と凄味をきかせて助けてくれたらそりゃあ心ときめくってもんですよ。 
 そんな出だしで「シンデレラ」です。日本ではフランスの詩人シャルル・ペローの手によるものが有名でしょうか。ヨーロッパはもちろん、中国やエジプトなどにもこのような、庶民の娘が履き物をきっかけとして王族に見初められる話はあるそうです。
 これもあらすじはいらないでしょうが「留守番を命じられたシンデレラのもとに魔法使いが現れ、カボチャの馬車と美しいドレス、ガラスの靴を用意してあげた」という話をもとに語っていきたいと思います。バージョンによっては魔法使いじゃなくて母親の形見の木だのネズミだのがいろいろ用意してくれるものもありますのでね。

 カボチャの馬車。魔法使いがシンデレラの前に現れたとき、そこにあったカボチャを魔法で馬車にしたものです。ペローの生きていた17世紀は馬車の技術が発達し、パリでは辻馬車などもありました。装飾にさまざまな工夫を凝らした馬車が往来を闊歩していたのでしょうから、ペローもそのあたりを念頭に馬車を出したことは想像に難くありません。カボチャの面影をどのていど残していたのかは不明ですが、シンデレラの存在を目立たせるだけのものであったことは間違いないでしょう。
 そんな豪奢な馬車で城に乗りつけ、扉が開いて出てくる足はガラスの靴を履いているわけですよ。ドレスも、シンデレラの服を魔法で変えたものなので、刺繍や装飾にがふんだんに盛りこまれていたと思われます。手間も予算も考えなくていいからね。
 城に着いた時点で、彼女は誰よりも目立っていたでしょう。それに、行けないと思っていた舞踏会に行くことができたのですから満面の笑みを浮かべていたと思われます。馬車のことはすぐ噂になったでしょうし、王子がシンデレラに興味を持ち、声をかけてきたのは当然といえます。そして、普段から貴婦人のドレスや装飾品などを目にする機会がある王子ならば、シンデレラのまとっているドレスが尋常なものでないことを、すぐに気づいたでしょう。

 シンデレラが十二時の鐘の音とともに去ったあと、王子はガラスの靴の持ち主に固執します。
 舞踏会は、庶民の娘でさえもフリーパスで参加できる形式のものでした。そして、裕福な貴族の婦人や令嬢であれば王子が顔を知らないはずはなく、もし知らなかったとしても、舞踏会なのですから、女性から挨拶して名のるのが当然と考えていい。
 ですが、シンデレラは名のらなかったか、偽名を名のったのです。本当の名を告げていたら、王子はもっと早くに彼女をさがすことができたはずですから。
 ガラスの靴も、ドレスと同様に王子の興味を引いたと思われます。年若い娘の体重を(軽めに見積もっても)長時間にわたって支えられるガラスの靴なんて、そうそう作れるわけがないのですから。専門家の考察では、そもそも材料が強化ガラスじゃないと無理らしいのですが、僕自身は確信が持てないので、作中の技術レベルではまず無理だろうという結論に留めておきます。
 なぜ、ガラスの靴をシンデレラ以外が履けなかったのか。おそらく、靴がシンデレラの身体の一部だったからでしょう。ドレスは、シンデレラの服を変えたものでした。それにともなって化粧や小道具などの細かい追加は、シンデレラの身体の一部を使ったものだと思われます。そのため、シンデレラしか受け付けなかったのでしょう。
 王子は、どこかでそのことに気づいたのではないでしょうか。シンデレラは、魔法によってすべてが不自然な形でできているのです。豪奢な馬車も、立派なドレスも、直前まで噂になることはなく、舞踏会では王子相手に名のることもなく、ガラスの靴は、サイズが合う者でも履くことができない。
 強烈なインパクトのあと、シンデレラは疑問を王子に与えることで、興味を持続させることにも成功したのです。

 クレオパトラは身体だけでなく、その教養においてもカエサルを楽しませたといわれています。王妃となったシンデレラは、王子に何を与えることができるでしょうか。彼女は魔法によって手に入れたインパクトをすべて使い果たしました。
 何でもそうですが、持続させるには実質がともなっていなければならない。最初だけだったといわれて打ち切られたサブカル、聞こえのいい言葉だけを並べて失望させた短命政権、インパクトだけしかなかったものは、いくらでも例がある。
 あるいは舞踏会の最中に、その人格の一端なりとも王子に覗かせる機会が、彼女はあったのか。
 シンデレラの真価が問われるのは、この先になるのでしょう。


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by tsukasa-kawa | 2017-10-05 15:44 | 日常雑記