一〇八(仮)

asakust.exblog.jp

ライトノベル作家川口士のブログです。「魔弾の王と戦姫」18巻、それから片桐雛太さんの魔弾画集、11月25日発売です。よろしくお願いします。

ブログトップ | ログイン

10月25日のお話

 学校から出た課題を、家族の方にやってもらったことはありますか?
 たとえば自由工作とかいわれるアレ。ちょっと暇な時間のできたママが「よーし、息子のためにがんばっちゃうぞー」とか妙に張り切っちゃって帆船模型とか作ってくれちゃって旗をコーヒー豆で染めるみたいなテクニックを披露して、いらないよとも言えないので学校に持っていったら、先生から「おまえにできるわけないだろう」と当然のように看破される……。そんな体験をしたことはありますか? 僕はありません。
 もっとも、これが受け入れられてしまっても、あとがつらい。ある日突然「おまえ、できたでしょ。やってよ」と言われると、立ち往生するしかありません。そのときにはママは忙しいか、当時の熱を失っているからです。
 当事者に近しい技術がなければ、どこかで破綻してしまうのです。

 さて、ここんとこさぼりがちになって申し訳ないですが、お仕事などあるのでできればご容赦ください。前にも言いましたが、来月本が出ます。いずれちゃんと宣伝します。その折にはよろしくお願いします。

 淡々と宣伝したところで「靴屋の小人」です。腕はいいけど貧しい靴屋が、最後の一足を作ろうとして準備をすませて寝たところ、起きたときには見事な靴ができていた、しかもそれはその日に高値で売れたという、夢の詰まった話です。誰もが一度は「俺が寝ている間に小人が何とかしてくれないか」と思ったことがあるのではないでしょうか。
 この靴屋は、もともと高い技術の持ち主だと書かれています。バージョンによっては、いいものを作るけど、流行りをつかめなかったので売れなかったとも。それゆえに、小人がいなくなったあとも商売を続けることができたと。もしも靴屋に技術がなければ、小人がいなくなったときに破綻していたでしょう。
 しかし、このことから伝わるのは、いいものであっても、必ずしも売れるわけではないという、あまりありがたくない事実です。どこかで知られなくては、商売は成り立たない。いい靴を作ったことよりも、客が来るようにしたことこそ、小人の成果かもしれません。

 靴屋は裕福に暮らしたと伝えられています。しかし、小人の靴で人気を得た以上、彼は少なくとも、それに劣らないものを作り続けなければならなくなったのではないでしょうか。質の上でも、デザインでも。ちょっとでも手を抜けば、腕が落ちたといわれてしまいます。よい技術を持っている靴屋に、それは耐えられることでしょうか。靴屋自身の話は、ここからが本番になるのでしょう。結末はそれでよいとしても。 


web拍手を送る
by tsukasa-kawa | 2017-10-25 23:59 | 日常雑記