一〇八(仮)

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ライトノベル作家川口士のブログです

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2017年 09月 02日 ( 1 )

9月2日のお話

 ひさしぶりに昼寝をしたら、思ったよりぐっすり眠ってしまいまして。定期的に休むことの必要性をあらためて実感しました。
 さて、かちかち山ですよ。どうも内容が残酷だというので、最近は話がマイルドになったものが出回っていると聞きまして。また、昔話の例に漏れず、バージョン違いが無数にあります。ここはつらつら書く前に、ちょっと整理しておきましょうか。

 昔々、あるところにお爺さんとお婆さんが住んでいました。
 お爺さんが豊作を祈りながら畑にまいた種や芋を、狸が不作を祈りながら食い荒らして駄目にしました。怒ったお爺さんは罠を仕掛けて狸を捕まえ、縛りあげます。
 お爺さんが畑仕事に向かうと、狸はお婆さんを騙して縄を解かせ、お婆さんを撲殺して料理し、帰ってきたお爺さんに「狸汁」と言って食わせた挙げ句「ばばあ汁食った」と囃したてて逃げます。
 お婆さんの骨を抱いて泣くお爺さんのもとに、兎が現れて事情を聞き、かたきを討ってやると約束します。
 兎は狸のねぐらのそばに行き、狸に見せつけるように栗をおいしそうに食べます。狸が栗をくれと頼むと、柴を集めて山の向こうまで運んでくれたらと言います。狸は引き受けます。
 二人はそれぞれ柴を背負って山を越えるのですが、兎は狸の背後で火打ち石をかちかちと鳴らします。
 狸「このカチカチって音は何なんだ?」
 兎「ここはカチカチって鳴く鳥がいるからかちかち山というんだ」
 狸の背負った柴が燃えて、狸は大火傷を負います。
 数日後、兎は狸のもとを訪れ、何食わぬ顔で火傷を心配し、薬だと偽って、火傷した箇所に唐辛子を混ぜた味噌を塗りたくります。
 さらに数日後、兎は狸を誘って海に釣りに行きます。兎は木の船で、狸は泥の船で沖まで出ますが、そこで泥の船が崩れ、狸はおぼれます。助けを求める狸に兎は櫓につかまるよう言い、狸が寄ってきたところで櫓で撲殺します。めでたしめでたし。

 悪を討った者は正義となるのか。それともまた別の悪なのか。
 あ、これは別に何となく言ってみたかっただけです。
 兎と狸の関係性だけで見るのならば、兎は狸に何もされていません。
 兎の動機は、義憤です。お爺さんから事情を聞いて、はじめて動きだします。お婆さんの亡骸をバックに「あの外道~!」と、マーダーライセンスを握りしめて突っ走ればわかりやすかったでしょうか。脱線するけど「そして僕は外道マンになる」は面白かったです。
 話を戻しますが、義憤が成り立つには二つの条件が必要です。
 ひとつは、討たれる側=狸が残酷であること。残酷であればあるほどよい。聞き手、読み手が共感するからです。残酷だからといって削ってしまっては、物語が成り立たなくなってしまう。筋が通っていればいい、ではないのです。
 もうひとつは、正義、法が無力であることです。狸を討った兎をどのように裁くかという模擬裁判がかつて行われたことがありましたが、かちかち山において、狸の非道に対して法がまったくの無力であったことを、少なくとも参加した大人は考慮すべきであり、子供たちにも説明すべきだったでしょう。ばばあ汁も省かずにね。そもそも、おとぎ話に法なんてあってないような(ry

 また、兎はかたきうちを、三段階にわたって行っています。同じかたきうちの昔話には猿蟹合戦がありますが、あちらが連係攻撃とはいえ一回ですませているのにくらべると、ぶっちゃけしつこいです。かちかち山の段階で狸の丸焼き一丁あがりでいいじゃん。ただ、お爺さん側の被害が「種や芋を食い荒らされ」「お婆さんを殺され」「ばばあ汁を食わされ」と考えると、一度ですませてたまるかという思いがあったのでしょう。
 とはいえ、兎自身は何もされていないことに加え、このかたきうちのくどさが、兎が狸にひどいことをした、という見方を生んだのだとも思われます。兎がお爺さんに知恵を授けて、一撃必殺で直接的な復讐をさせたのであれば、またいろいろと違っていたかもしれません。   

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by tsukasa-kawa | 2017-09-02 23:17 | 日常雑記