一〇八(仮)

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ライトノベル作家川口士のブログです

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2017年 09月 11日 ( 1 )

9月11日のお話

 報告がちゃんと伝わっておらず、あとで上司との話に食い違いが起きた、という経験は誰もが持っているのではないかと思います。上司のところを家族や友人、同級生などに置き換えてみてもいいでしょう。○○のつもりで言ったのに、××として受けとられた、なんてことは、仕事によっては日常茶飯事かもしれません。
 さて、浦島太郎です。昔話において、太郎は男性の一般名みたいなものなので、島にある入り江(浦)のそばで生まれ育った太郎さん、ぐらいの意味でしょうか。
 このどこにでもいるような太郎さんが、子供たちにいじめられていた亀を助けたところからお話ははじまります。
 助けてくれたお礼にと、亀は自分の背中に太郎を乗せて竜宮城へ連れていってくれます。
 竜宮城では乙姫が太郎を盛大にもてなしてくれました。その後の顛末については有名なので省いてしまってもいいでしょう。

 恩返し系の物語は、これまでにもいくつか語ってきました。舌切り雀、笠地蔵、鶴の恩返し……。
 それらとこの話の違いは、浦島太郎に恩を返すのが亀ではなく、その主にあたる乙姫である点です。亀は運び手でしかなく、太郎さんが竜宮城で楽しんでいる間も登場することはありません。バージョンによってはこの亀は乙姫が化けた姿である、というものもあるのですが、竜宮城とは文字通り竜が住まう城であり、同じ水神枠であっても竜の娘が亀というのもおかしいので、乙姫と亀は別人ということで話を進めさせてください。
 雀は小判や反物の入ったつづらを用意しました(妖怪入りも用意したけど)。
 地蔵たちは米や魚、小判などを用意しました。
 鶴は売れば大金になる反物を用意しました。
 食べものか現金か、現金になるものなんですよ。地蔵菩薩さえも。地蔵だったら経典や法具の方がキャラに合ってね? 俗物の極みだよね。
 ですが、ごく普通に生活しているお爺さんとお婆さんだったら経典よりも米や金の方がありがたいに決まっています。雀や鶴も、人間の生活を見ていたから、それに合わせたものを用意したのでしょう。彼らの生活や習慣に合わせて「うまそうな虫をほじくりだしてきたで。食べーや」なんてことはしてこなかったのです。

 ここに浦島太郎の悲劇があるように思えます。彼を竜宮城に連れてきた亀は、乙姫にお願いしたのでしょう。
亀 「彼は命の恩人なんです。(彼らの考え方に合わせて)彼が喜ぶようなお礼をしてあげてもらえませんか」
乙姫「そうなのですか。では(私たちの考え方に合わせて)彼が喜ぶようなお礼をするとしましょう」
 こんな感じの会話がかわされていたとしたら。

 さまざまなごちそうや、タイやヒラメの舞い踊りまではよかったでしょう。
 ですが、時間の流れについての理解、処理の仕方の点で、ついに地上と竜宮城で決定的なずれが出てきたのではないかと思われます。
 時間の歪みの帳尻を合わせる玉手箱を渡したのも、竜宮城のやり方だったのではないでしょうか。
 何日も(ものによっては何年も)盛大にもてなし、浦島太郎がそろそろ帰りますと言ったらすがりついて引き留めるほどだったのに、乙姫は玉手箱しか渡しませんでした。ごちそうを振る舞い、踊りを見せたので、土産はそれだけでいいと思ったのでしょうか。それでは昔話として雀以下になりかねません。
 これも、彼女の生活において、恩人への土産に金銀財宝を持たせるという概念がなかっただけなのではないでしょうか。
 このずれを修正できるのは、地上と竜宮城を行き来できて、両方の生活を知っている亀だけだったのでしょう。太郎が地上へ帰るとき、もしかしたら亀はすべてを悟って、半ば諦めていたのかもしれません。



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by tsukasa-kawa | 2017-09-11 21:08 | 日常雑記