一〇八(仮)

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ライトノベル作家川口士のブログです

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2017年 09月 14日 ( 1 )

9月14日のお話

「これ一休、枯れ木に花を咲かせてみよ」
「花が咲く灰を用意しろや」
 ちょっと一昨日の朝から遠出をしてましてね。昨日の夜に帰ってまいりました。先月に続いて今月も二日空けてしまうとは……。
 さて、軽い小話で二日分のブランクを埋めてみたところで、それでは花咲か爺さん、いってみましょうか。
 昔々あるところに、優しい老夫婦と欲張り老夫婦が住んでおり、優しい老夫婦は白い犬を飼って可愛がっていた……というところから話ははじまります。この二組の老夫婦の行動と結末を、ざっと並べてみましょう。
 
 優しい老夫婦が地面を掘ると大判小判がざっくざく。/欲張り老夫婦が地面を掘るとゴミや割れた食器が出てきた。
(怒った欲張り老夫婦に犬は殺され、優しい老夫婦がその死骸を埋葬して墓代わりに枝を刺すと、その枝が急成長して大木となったので、それで杵と臼を作った)
 優しい老夫婦が米をつくと大判小判がざっくざく。/欲張り老夫婦が米をつくと汚物があふれ出た。
(怒った老夫婦が杵と臼を割って燃やすと、優しい老夫婦は灰だけでもと引き取った)
 優しいお爺さんが灰を撒くと枯れ木に花が咲いた。/欲張りお爺さんが灰を撒いても何も起こらず、大名や家来の目に灰が入って、処罰された。

 優しい老夫婦の行動を見ていくと、地中の財宝を掘り当てたのは犬だとしても、臼から大判小判を出現させ、灰で花を咲かせたのはお爺さんであり、怪しげな術を使ったようにしか見えません。実際、大名はすばらしい灰だ、とは言わずにお爺さんを褒め称えています。
 しかし、欲張り老夫婦はそのように思っていません。彼らは、優しい老夫婦に特別な力がないことをわかっています。それゆえに犬、臼、灰にこそ何らかの力があるのだと考え、愚直なまでに真似を続けたのでしょう。
 ですが、犬、臼と続けて失敗した=優しい老夫婦とは違う結果が出た時点で、自分と彼の違いは何なのか考えるべきでした。優しい老夫婦が使ってこそそれらは力を発揮するのだと気づいていれば、結末はまた違ったものになったでしょう。
 欲張り老夫婦の行動と結果は、臼の一件を除いて現実的です。地面を掘ったらゴミが出てきたというのも、木の上から灰を撒いたら地上にいたひとが迷惑を被ったというのも、当然の結末です。そこに不思議な力は介在しているようで、していません。
 あきらかに特殊な力を発揮している者の真似などするものではないというのが、この物語の伝えたかったことかもしれません。



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by tsukasa-kawa | 2017-09-14 23:53 | 日常雑記