一〇八(仮)

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ライトノベル作家川口士のブログです。「魔弾の王と戦姫」18巻、それから片桐雛太さんの魔弾画集、11月25日発売です。よろしくお願いします。

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新刊紹介・他

 10日ぶりです。時間のたつのは早いもので、気がついたら師走ですよ。今年中にあれとかこれとか何とか……といううちにどんどん時間は過ぎていきます。体力は年々低下する一方だというのにね! ごめんなさい、うん。

 そして、魔弾の最終巻や画集の感想、いただいています。本当にありがとうございます。いろいろなところで何度も書いていることですが、6年半もの間、よくつきあってくださいました。6年半といったら中学1年生が高校卒業しちゃってるからね。読者のみなさまにとっても長い戦いだったと思います。
 まだ書きたいことがあるといえばありますが、必要なことは書ききったという思いも同時にありまして。魔弾はこれにて完結です。あらためて、ありがとうございました。

 で、そんな感じで先月下旬から10日も過ぎていればそりゃあ次々に新刊も出ているってものでして、まずはそちらの紹介をば。
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瀬尾つかさ   いつかのクリスマスの日、きみは時の果てに消えて
          ニートの少女(17)に時給650円でレベル上げさせているオンライン

 左は先月末にファミ通文庫から、右は今月初めにスニーカー文庫からでございます。同じ人間が書いているのにタイトルがこうも両極端なのは小説の面白さのひとつでしょうね。ファミ通から出ているものはいわゆる過去に戻ってある出来事をやり直すSF、もうひとつは、うん、まあタイトル通りの話だね。興味がありましたら是非。

 さて。だいたい一ヵ月前の話なんだけど、覚えてるかな。僕は忘れていました。
 昔話のいいところは、一ヵ月前にネタにしたものでも風化しないところですね。なにせブツによっては二千年前から存在するからね!
 面の皮を鉄っぽくして、それではイソップより「酸っぱい葡萄」です。「狐と葡萄」と呼ばれることもありますかね。
 一匹の狐が、おいしそうな葡萄がツタから下がっているのを見つける。食べようとして何度も跳びあがるものの、どうやっても届かず「どうせこんな葡萄は酸っぱいに決まっている」と捨て台詞を吐いて去っていくという話です。

 台持ってこいや、台。
 同じイソップの話の中に、水が少ししか入っていない壺の中に石を次々に放りこんで水かさを増し、悠々と水を飲んだカラスのエピソードがありますが、その話とまるで対照的です。わかりやすさを求めて簡略化したものと思われますが、狐はただ跳びあがっているばかりです。台を用意する、大型の動物を誘導してその背中に乗る、石をくわえて首を振ってその遠心力で打ち落とす……。いろいろと手はありそうなものなのに。
 狐というと、おとぎ話や童話では知恵者の役目を割り振られることが多い印象ですが、この狐は正反対。愚直そのものです。

 どんなに望み、力を尽くしても手に入らないものというのは、たしかにあります。
 僕もかれこれ38年ぐらい生きてますが、いろいろなものを諦めてきました。そして、このお話のように自分にとっては必要なかったのだと考えるようにしたこともあります。もっとも、けっこうな過去になってから冷静に振り返り、あるいは他の手があったのではないか、と考えることができるようになったのも確かでして。

 この狐のお話が伝えたいことは、世の中には手に入らないものがあり、それを「自分にとって必要ない」と割り切ることで心の平安を得ることがある、というものなのでしょうか。ひとつの努力に邁進し続ける姿勢の危うさをこそ、説いているのではないか。
 ひとつのことを徹底してやり抜く。やり続ける。その姿勢を尊しとする言葉はいくつもあります。継続は力なり、がそうですし、石の上にも三年、も該当するでしょうか。ですが、それらの言葉において、正しい行動をとるのは、言うまでもないこととして考えられているのではないでしょうか。
 狐が他の手に訴えていたら、その先にはまた別のお話があったのかもしれません。



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# by tsukasa-kawa | 2017-12-04 23:59 | 新刊紹介

新刊紹介

 実況? 何のことかね?(白々しい顔で

 あと15分と少しで日が変わってしまいますが、本日は拙著「魔弾の王と戦姫」18巻及び「片桐雛太画集」の発売日です。
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 2011年の4月にはじまった本作は、本日をもって無事に完結を迎えることができました。1巻の原稿を書いていたとき、売れなかった場合に備えて1巻~3巻で完結できるようにしておこうと、当時の編集担当さんと話しあったのが遠い昔のようです(まあ7年前だしね)。
 3巻どころか、この物語で書きたいと思っていたことを書き抜くことができました。6年半の長きにわたって応援いただき、本当にありがとうございます。こうして並べてみると、長い戦いだったと。みなさまにおかれては、この18巻までよく辛抱強くつきあってくださったと。幸甚の至りです。

 そして「片桐雛太画集」には、2014年5月発売の9巻から約4年、10冊にわたって本作のイラストを手がけてくださった片桐さんの数々の美麗なイラストがおさめられています。本作のイラストはもちろん、描き下ろしに加え、各種特典や冊子で描いていただいたもの、それから片桐さんがイラストを担当されていた「風に舞う鎧姫」のイラストも収録されています。また、僕も本編の後日談となる短編を寄稿させていただきました。個人的に最大の見所は、本作のイラストひとつひとつに片桐さんがつけてくれたコメントだと思っています。ともあれ、興味のある方はぜひ。

 朝の挨拶分がまあけっこうたまってはいますが、今回はこれのみで。というわけで新刊の紹介でした。

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# by tsukasa-kawa | 2017-11-25 23:45 | 新刊紹介

新刊紹介・他

 拍手レス
>画集にある短編小説は、本編の後にストーリーですね。期待されます。王になった後、ティグルと戦姫たちの物語でしょうか? by 김영재
 ネタバレになってしまうので詳しいことはお話しできませんが、だいたいその通りです。楽しんでもらえたらと思います。

>もうじき魔弾最終巻ですね。毎度本当に楽しく読ませていただいてるので終わるという興奮と終わってしまうという寂しさと半々であります。
開けゴマは今や情報社会において半ば常識となった情報もまた財であるという事を昔なりに教えとして残すものだったのかもしれませんね。

 6年半もの間、魔弾につきあってくださって本当にありがとうございます。最終巻の発売まであと数日ですが、期待にお答えできる出来であればと。開けごまについては、その可能性もありそうですね。「アリババと40人の盗賊」の後半も、盗賊たちの情報を上手く手に入れたモルジアナが活躍する話でした。
 
>こんにちは。自分も昔から疑問に思っていましたが、胡麻ではなく、護摩なのではないかと考えています。祈祷ですね。秘密の呪文を訳すときに、護摩にしたのでは、と。根拠は何もないですが(苦笑) by 神崎みさお
 現地の言葉ではごまをシムシムと言いますが、シムシムには他の意味もあるのではないか、何らかの祈りの言葉に由来するのではないか、という説もあるそうです。ある種の文字や言葉が魔除けの力を持つという考えは、地域や文化の中にいまでも根強く残っていますし、その考えもおおいにありだと思いますよ。

 やあやあ一週間ぶり(ぬけぬけと)。更新しようしようとと思っていたのですが、どうも細かい用事がぱらぱらとあって落ち着かず、急な寒さからの疲れなどもありまして、なんだかんだ今日に至ってしまいました。いや、ごめんなさい。告知とかいろいろあるんですけどね。
 というわけで、もう5日前になってしまいましたが、17日は富士見ファンタジア文庫の発売日でした。
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石踏一榮  ハイスクールD×D24
      堕天の狗神 -SLASHDOG-

 石踏さんが二冊同時刊行ですよ。アニメ新シリーズも決まったハイスクールD×Dは表紙の通り白猫と黒歌回、リアスチームとヴァーリチームの戦いが繰り広げられます。そしてD×Dと世界観を同じくする新作、といっていいのかな、11年前に出した作品をリブートしたSLASHDOG。こちらはD×Dの4年前の世界のお話のようです。興味を持たれたら是非。

 そして、拙著「魔弾の王と戦姫」18巻の見本をいただきました。
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 今週末25日(土)発売となります。こうして並べてみると、長い戦いであったとあらためて思います。その戦いにつきあってくださったみなさん、ありがとうございます。どうか最後までともに歩んでいただければと。

 さて、もう一ヵ月近く前になりつつありますが、グリム童話から「かえるの王様」です。ものによっては「かえるの王子様」「鉄のハインリヒ」などと呼ばれることもあるとか。しかし、蛙ほど、マスコットになったり、不気味な生物として嫌われたりする生きものもなかなかないんじゃないでしょうか。服に張りついたり変身王子やったり宇宙軍人やったり、そういやクロノ・トリガーのカエルは頼もしい仲間だったなあ。脱線しました。「かえるの王様」はこんな話です。
 
 ある国の王女が、泉に金の鞠を落としてしまう。そこへかえるが現れて「自分を友達にして、同じ皿で食事をし、同じベッドで眠らせてくれるなら、鞠をとってあげる」と持ちかける。王女は鞠を取ってほしいあまり、うなずくものの、鞠を取ってもらうと、かえるをその場において帰ってしまう。
 王女がお城で食事をとっているところへかえるが現れ、約束の件を持ちだす。事情を聞いた王様は王女に約束を守るよう命じ、王女は仕方なくその言葉に従う。
 寝室に入ったところで、我慢の限界に達した王女はかえるをつかまえて壁に叩きつけるが、それによって呪いが解け、かえるは王様の姿に戻る。
 元かえるの王様は無礼を詫び、求婚して二人はめでたく結ばれる。
 翌朝、元かえるの王様の国から家来のハインリヒが迎えに現れる。ハインリヒは王様がかえるにされてから、悲しみで胸が張り裂けないように鉄の帯を巻いていたが、それが喜びによってはじけ飛ぶ。

 元かえるの王様(こう言わないとややこしくてね)さあ、友達に対する要求がちょっと高くないですかね。同じ皿で食事をして、同じベッドで眠るのはかなり親しくてもそうそうないのではないでしょうか。しかし、約束なのだからと王女の父が命じるあたり、このお話ではそれが普通なのかもしれません。たしかに筋は通っていて父親としても王様としても立派なのですが……。
 バージョンによっては同じベッドで寝るのではなく、かえるに王女がキスすることで呪いが解けるものもあるようですが、ロマンチックに見えて、ハードルが高くなっただけですよね、それ。呪いが解けたあとも、かえるとキスした女って陰口を叩かれることは必至です。
 壁に叩きつけるのはさすがにやり過ぎだとしても、王女の気持ちはわかります。かえるが喋るのは、まあそういう世界なのだとしても(そのこと自体には王女も驚いていないし)、ここまで図々しいと腹も立ちますよ。王女にとっては大事なものかもしれないので、たかが鞠とは言いませんが、かえると同じ皿で食事はきつい。

 それにしても、王様と、王様をかえるに変身させた魔女(バージョンによっては魔法使いともされているのですが、ここでは魔女にします)との間には、どのような因縁があったのでしょう。王様の行動から、呪いを解く方法を読み取っていくと「王女と友達になり、同じ皿で食事をし、同じベッドで眠り、潰される」となるわけです。実際には同じベッドで眠っていないので「王女の寝室で、彼女に殺される」あたりなのかもしれません。呪いが解けるまで事情を話さなかったことから、それについて言うことができない、というのもありそうです。
 考えれば考えるほど厳しい条件です。喋ることはできるし、かえるというだけで怖がられることもないので、友達になることは可能かもしれません。ですが、同じ皿で食事をするというところから、ぐっと厳しくなります。魔女は、おそらく王女の性格も読んでこの条件を設定したのでしょう。王女の父がいなければ、王様は詰んでいたのですから。
 もっとも、困難なものとはいえ、わざわざ条件を設定したあたり、魔女からは意地の悪さだけでなく、王様に機会を与えようという心情がうかがえます。それこそ魔女は、王様の友達であり、同じ皿で食事をし、同じベッドで眠る間柄であったのかもしれません。それなら、友達に対する要求が高いのも何となく理解できるのですよね。もとの話にはそういった点が書いておらず(書く必要もなかったのでしょうが)、不明のままですが。
 まあ、王女に対するアプローチを見ると、何かやらかしそうではあるんですよね、この王様。なりふりかまわず強引な手段とか普通にとりそう。
 王女と結ばれたあとも、はたしてめでたしめでたしと言える日々が続いたのか。このお話は、ここで終わっておいて正解だったのかもしれません。



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# by tsukasa-kawa | 2017-11-22 02:47 | 新刊紹介

11月14日のお話

 ひとに魚を与えれば、一日の糧となる。ひとに魚を捕ることを教えれば、一生食べていくことができる。

 中国の老子が残した言葉といわれることもありますが「老子」にはこのような記述はないそうです。また、アフリカの諺であるともいわれますが、それについては確認できていません。もっとも、魚を捕って暮らすところであれば、たいていのひとがわかっていそうな、そして当たり前のこととして語り継いでいそうな気もします。まあ有名人が言ったっていえば不思議な説得力がつくからね。

 さて、いよいよ秋も深まってきましたが、いかがお過ごしでしょうか。場所によっては紅葉もずいぶん見ごろになっているのではないかという気がします。僕は自宅からたいして離れていませんけどね! そんなことはいいんだ。

 それでは今宵はグリムより「星の銀貨」です。
 親はなく、住むところもなく、食べるものといえばもらいものの小さなパン、着るものといえばいま身につけているものだけ。そんな少女があてどもなく荒野を歩くところから物語ははじまります。
 少女はお腹をすかせた男に出会い、持っているパンを渡して歩きだします。しばらくして、寒がっている少年に出会い、自分の服を与えて歩きだします。またしばらくして、やはり寒がっている少年に出会い、自分の下着を与えます。
 少女がその場に立ちつくしていると、星が彼女のそばに降ってきます。少女の行いをよしとした神様の力によるもので、星の光は銀貨となり、少女は裕福に暮らしたのでした。

 俺たちゃ裸がユニホーム! たまにゃ夜風に凍えるけれど 善意 善意 善意ひとつが財産さ
 文字通りの裸一貫になるまで善意に対する報いがないとか、ちょっときつくないですかね。まあアダムとイブの時代から服には否定的だけどさ、神様。
 少女の行いそのものは素晴らしいと思います。ただ相手のためだけを思い、ほどこしを与える。自身も貧しい状況でそうそうできることではありません。見返りを求めないというよりも、見返りという発想自体がないのでしょう。ぶっちゃけ最初のほどこしの時点で銀貨の雨が降り注いでもいいと思うぐらいです。

 しかし。少女の思いやりとは別に、パンは食べてしまえばそれで終わりです。パンをほどこしてもらった男は、明日にはまた飢えるのでしょう。服をもらった少年は、つまり服すらなかった少年は、パンを得るために遠からず服を手放すかもしれません。下着をもらった少年も同じことです。彼らのもとに銀貨は降りません。
 少女は、そのとき自分にできる精一杯のことをしたのでしょう。ですが、明日も、明後日も生きていこうとするのならば、他の手段があったかもしれない。協力しあって動物なり魚なりを捕るような。そして、それは手元にパンがあるような余裕のあるときでなければ、難しいことでしょう。余裕がなかったらたいてい物質的な欲望の充足が優先されますからね。夢で腹がふくれるかい、同情するなら金をくれってもんですよ。
 もしも少女が男とパンをわけあい、助けあって、新たな食糧を得るための行動を起こしていたら、また別の話が展開していたでしょう。
 それを神様が賞賛するかどうかはわかりませんが、勇気や意欲を与えることは、ものを与えることに劣らないのではないでしょうか。



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# by tsukasa-kawa | 2017-11-14 00:52 | 日常雑記

11月12日のお話

 ごまを開く、もしくはごまを開ける、って何でしょうね。
 だって、ごまですよ。ごま。殻を爪でこじ開けるんだとしても、それって割るとか潰すとかいうんじゃないかな……。
 ここでごまを開くってどういうことだよぉーっ、納得いかねえーっとギアッチョごっこをしてもいいんですが、深夜にテンションが無駄にあがってしまいそうなので早々に本題に入りましょう。はい「アリババと四十人の盗賊」です。

 お話は、真面目な働き者だけど貧乏なアリババが、近くの山で薪を集めていたところ、盗賊たちを発見してしまうところからはじまります。
 そこで盗賊の親分が洞穴に向かって唱える合い言葉(現地ではシムシム、貴様の門を開けろ、というらしい。シムシムとはごまのこと)を聞いたアリババは、盗賊たちが去ったあと、洞穴に向かって合い言葉を唱え、洞穴の中にあった財宝を手に入れ、大金持ちになるのです。
 この話を聞いたアリババの兄カシムはさっそく洞穴に向かい、財宝を手に入れたものの、洞穴の中で合い言葉を忘れてしまい、帰ってきた盗賊たちに殺されてしまうのでした。
 その後、このお話はアリババに対する盗賊たちの逆襲と、機転を利かせてアリババを助け、盗賊たちを撃退する女奴隷モルジアナの活躍が描かれ、めでたしめでたしとなります。

 冒頭で難癖つけましたが、開けごま、って呪文は非常にいいと思うんですよ。ごまっていったら、割るとか潰すとかするとかじゃないですか。言葉の組み合わせ的にちょっと思いつかないもの。だからカシムもうっかり忘れてしまったのでしょう。
 でも、四十人もいて秘密の呪文を聞かれてしまうのは正直どうよ。だって秘密の呪文ですよ。現代風に言うなら金庫の暗証番号ですよ。56513みたいな。部下にも知らせず自分だけが知っていることにしてもいいぐらいでしょうに、盗賊たちから身を隠しているアリババに聞こえるほどの声で呪文を言ってしまったのが、この親分の失敗です。本人が洞穴に意識を向けているとしても、三十九人を見張りに立たせるとかさあ。

 開けごまの呪文を、盗賊の親分が考えたのか、それとも誰かが洞穴ごと考えたのを親分が偶然知ったのか。それはわかりません。
 ですが、洞穴と呪文を親分は使いこなせませんでした。結局、財宝はそれを使いこなせるひとのもとに落ち着くということなのでしょう。情報過多の時代ですが、せめて自分のまわりの情報ぐらいは御したいものです。



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# by tsukasa-kawa | 2017-11-12 01:18 | 日常雑記