一〇八(仮)

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ライトノベル作家川口士のブログです

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カテゴリ:日常雑記( 634 )

9月16日のお話

 声高に時代は超高齢社会だとコメンテーターが不吉な予想図立てて闇にまくしたててますよ。こんばんは皆さん。そしておやすみなさい。
 まああれです。挨拶をした手前、どこかで調整しなければならんかったしのう。
 さて、姥捨て山です。もとは中国やインドから伝わってきたといわれる、だいぶ古いころからある物語ですね。

 お殿様が、年寄りは不要であり捨てるべしという布告を出す。ひとりの男が仕方なく年老いた母親を捨てようとするも、思い直して家の床下にかくまう。
 その後、隣国がお殿様に何度か難題を突きつけ、男はその答えを母親から教えてもらって隣国を追い払い、それを知ったお殿様は布告を撤回する。

 バージョン違いとしては、母親を捨てようとする男に、息子が「父親を捨てる時のためにやり方を知りたい」と言って同行をせがみ、それによって自分の行為の恐ろしさを悟った男が母親を捨てるのをやめる……というものがありますが、共同体で語り継ぐお話としてはこちらの方が妥当かもしれません。上のお話の方が痛快さはありますが、知識も技術も培ってこなかった老人は捨ててもいいという解釈を招きかねませんからね。たとえば不作の年に、口減らしのために子供を売る、老人を捨てるといったことはどの地域でもあったでしょうが、それとこれとは意味が違います。

 しかし、捨てられた老人たちにしてみれば、だからといって山中でのたれ死ぬ理由はありません。法の外に置かれたのですから、法を守る理由もない。
 この場合、老人たちがとる手段は二通り考えられます。
 ひとつは、集まって山の中にコミュニティを築くことです。いちいち遠くの山に捨てているという描写はありませんから、老人たちが小さいころからよく知っているような山に捨てていると考えていいでしょう。つまり、何がどこで採れるか、川の流れ、獣のねぐらなどについて、おおまかに知っていると考えられるわけです。熊や野犬など獣の存在が脅威ですが、獣避けの柵などを備えた拠点を作ることができれば、いつかは棲み分けができるでしょう。というかできなかったら全滅です。人里でしか手に入らないものが必要になった場合は、木の実や薪になる枝など、山でしか手に入らない、又は山で集めないと効率が悪いものを用意して物々交換する手がある。
 人口については、布告が撤回されないかぎり定期的に送りこまれてくるので、山に相応の食糧があり、獣たちとやりあえる老人たちが一定数そろえば強力なコミュニティができあがりそうです。老練や老獪という言葉は、適当につくられたものではありません。

 もうひとつは、集まって山の中で食糧になりそうなものをかき集めたあと、隣国へ逃げることです。隣国のお殿様に謁見して「うちの国の殿様はこんなことをしたのです。いま、うちの国の若者を煽れば混乱を起こすことは簡単です」と教えれば、褒美ぐらいはもらえるでしょう。本作の男がまさにそうでしたが、お殿様の布告に納得していない者は多数いるはずです。そうした者たちは、情のない布告を出したお上を恨んでも不思議ではありません。さらに隣国のお殿様が太っ腹だったら、逃げてきた老人たちに金をやって煽動役に使うでしょう。
 あるいは、老人しか答えを出せない難題を隣国のお殿様が用意できたのは、そのように隣国へ逃げた老人がいたからなのかもしれません。



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by tsukasa-kawa | 2017-09-16 02:01 | 日常雑記

9月15日のお話

 ひとには向き不向きがあります。好きこそものの上手なれ、という言葉は好きですが、やはり身体が大きくて運動神経のあるひとはスポーツでおおむね有利ですし、事務処理が得意なひととそうでないひととでは一時間あたりの処理量や、必要な道具がないときの応用などに顕著な差が出てきます。そして、何が自分に向いているのかということについては、色々とやってみなければわからないものなのです。
 挨拶代わりにそんな前振りをして、わらしべ長者ですよ。
 貧しい男が観音様に「どうかこの生活から抜け出たい」と願掛けをすると「この寺を出たときに最初に手にしたものを大切に持って旅に出るように」とお告げを受ける。寺を出ようとしたときに男は転んでしまい、身体を起こしたときに手には一本の藁が……という流れで物語ははじまります。

 この男がそれまでどんな生活、どんな仕事をしていたのかはわかりませんが、観音様が即座にお告げをくれるあたり、真面目に働いていたのでしょう。信心深さも持ち合わせていたと思われます。
 男は藁を持って旅に出て、うるさい虻を捕まえて藁にくくりつけ、それを蜜柑と交換し、蜜柑を反物と交換し、反物を馬と交換し、馬を屋敷と交換して見事長者になります。蜜柑と反物、反物と馬の交換については、男から申し出る場合もあれば、相手から申し出る場合もありますね。
 藁をもとでに神仏のご加護で次々といいものを手に入れていったように見えますが、本当にそうだったのでしょうか。
 藁は、それだけでは役に立ちませんでした。虻をくくりつけることで、はじめて子供の注意を引き、蜜柑と交換するまでに至ったのです。
 蜜柑と反物を交換する場合も、話によっては蜜柑をあげたところ、お礼に反物をもらったというものもあります。この場合だと、相手がお礼をくれなかったら男の手元には何も残らなかったわけです。
 反物と馬の交換においても、受けとった馬は疲れきっていて役に立つかどうかわからない状態でした。男が手厚く看護することで元気になったのです。
 男はただ運がよかったというわけではなく、判断力もあれば、損をしてもかまわないというおもいきりのよさもあり、手に入れたものを大切にする努力も怠らなかったのです。そうした男の能力は、環境を変えることでようやく発揮できたのだと思われます。
 やりたいことや適性に悩んでいるひとは、いつもと違うことをしてみると案外そういうものが見つかるかもしれません。



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by tsukasa-kawa | 2017-09-15 17:59 | 日常雑記

9月14日のお話

「これ一休、枯れ木に花を咲かせてみよ」
「花が咲く灰を用意しろや」
 ちょっと一昨日の朝から遠出をしてましてね。昨日の夜に帰ってまいりました。先月に続いて今月も二日空けてしまうとは……。
 さて、軽い小話で二日分のブランクを埋めてみたところで、それでは花咲か爺さん、いってみましょうか。
 昔々あるところに、優しい老夫婦と欲張り老夫婦が住んでおり、優しい老夫婦は白い犬を飼って可愛がっていた……というところから話ははじまります。この二組の老夫婦の行動と結末を、ざっと並べてみましょう。
 
 優しい老夫婦が地面を掘ると大判小判がざっくざく。/欲張り老夫婦が地面を掘るとゴミや割れた食器が出てきた。
(怒った欲張り老夫婦に犬は殺され、優しい老夫婦がその死骸を埋葬して墓代わりに枝を刺すと、その枝が急成長して大木となったので、それで杵と臼を作った)
 優しい老夫婦が米をつくと大判小判がざっくざく。/欲張り老夫婦が米をつくと汚物があふれ出た。
(怒った老夫婦が杵と臼を割って燃やすと、優しい老夫婦は灰だけでもと引き取った)
 優しいお爺さんが灰を撒くと枯れ木に花が咲いた。/欲張りお爺さんが灰を撒いても何も起こらず、大名や家来の目に灰が入って、処罰された。

 優しい老夫婦の行動を見ていくと、地中の財宝を掘り当てたのは犬だとしても、臼から大判小判を出現させ、灰で花を咲かせたのはお爺さんであり、怪しげな術を使ったようにしか見えません。実際、大名はすばらしい灰だ、とは言わずにお爺さんを褒め称えています。
 しかし、欲張り老夫婦はそのように思っていません。彼らは、優しい老夫婦に特別な力がないことをわかっています。それゆえに犬、臼、灰にこそ何らかの力があるのだと考え、愚直なまでに真似を続けたのでしょう。
 ですが、犬、臼と続けて失敗した=優しい老夫婦とは違う結果が出た時点で、自分と彼の違いは何なのか考えるべきでした。優しい老夫婦が使ってこそそれらは力を発揮するのだと気づいていれば、結末はまた違ったものになったでしょう。
 欲張り老夫婦の行動と結果は、臼の一件を除いて現実的です。地面を掘ったらゴミが出てきたというのも、木の上から灰を撒いたら地上にいたひとが迷惑を被ったというのも、当然の結末です。そこに不思議な力は介在しているようで、していません。
 あきらかに特殊な力を発揮している者の真似などするものではないというのが、この物語の伝えたかったことかもしれません。



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by tsukasa-kawa | 2017-09-14 23:53 | 日常雑記

9月11日のお話

 報告がちゃんと伝わっておらず、あとで上司との話に食い違いが起きた、という経験は誰もが持っているのではないかと思います。上司のところを家族や友人、同級生などに置き換えてみてもいいでしょう。○○のつもりで言ったのに、××として受けとられた、なんてことは、仕事によっては日常茶飯事かもしれません。
 さて、浦島太郎です。昔話において、太郎は男性の一般名みたいなものなので、島にある入り江(浦)のそばで生まれ育った太郎さん、ぐらいの意味でしょうか。
 このどこにでもいるような太郎さんが、子供たちにいじめられていた亀を助けたところからお話ははじまります。
 助けてくれたお礼にと、亀は自分の背中に太郎を乗せて竜宮城へ連れていってくれます。
 竜宮城では乙姫が太郎を盛大にもてなしてくれました。その後の顛末については有名なので省いてしまってもいいでしょう。

 恩返し系の物語は、これまでにもいくつか語ってきました。舌切り雀、笠地蔵、鶴の恩返し……。
 それらとこの話の違いは、浦島太郎に恩を返すのが亀ではなく、その主にあたる乙姫である点です。亀は運び手でしかなく、太郎さんが竜宮城で楽しんでいる間も登場することはありません。バージョンによってはこの亀は乙姫が化けた姿である、というものもあるのですが、竜宮城とは文字通り竜が住まう城であり、同じ水神枠であっても竜の娘が亀というのもおかしいので、乙姫と亀は別人ということで話を進めさせてください。
 雀は小判や反物の入ったつづらを用意しました(妖怪入りも用意したけど)。
 地蔵たちは米や魚、小判などを用意しました。
 鶴は売れば大金になる反物を用意しました。
 食べものか現金か、現金になるものなんですよ。地蔵菩薩さえも。地蔵だったら経典や法具の方がキャラに合ってね? 俗物の極みだよね。
 ですが、ごく普通に生活しているお爺さんとお婆さんだったら経典よりも米や金の方がありがたいに決まっています。雀や鶴も、人間の生活を見ていたから、それに合わせたものを用意したのでしょう。彼らの生活や習慣に合わせて「うまそうな虫をほじくりだしてきたで。食べーや」なんてことはしてこなかったのです。

 ここに浦島太郎の悲劇があるように思えます。彼を竜宮城に連れてきた亀は、乙姫にお願いしたのでしょう。
亀 「彼は命の恩人なんです。(彼らの考え方に合わせて)彼が喜ぶようなお礼をしてあげてもらえませんか」
乙姫「そうなのですか。では(私たちの考え方に合わせて)彼が喜ぶようなお礼をするとしましょう」
 こんな感じの会話がかわされていたとしたら。

 さまざまなごちそうや、タイやヒラメの舞い踊りまではよかったでしょう。
 ですが、時間の流れについての理解、処理の仕方の点で、ついに地上と竜宮城で決定的なずれが出てきたのではないかと思われます。
 時間の歪みの帳尻を合わせる玉手箱を渡したのも、竜宮城のやり方だったのではないでしょうか。
 何日も(ものによっては何年も)盛大にもてなし、浦島太郎がそろそろ帰りますと言ったらすがりついて引き留めるほどだったのに、乙姫は玉手箱しか渡しませんでした。ごちそうを振る舞い、踊りを見せたので、土産はそれだけでいいと思ったのでしょうか。それでは昔話として雀以下になりかねません。
 これも、彼女の生活において、恩人への土産に金銀財宝を持たせるという概念がなかっただけなのではないでしょうか。
 このずれを修正できるのは、地上と竜宮城を行き来できて、両方の生活を知っている亀だけだったのでしょう。太郎が地上へ帰るとき、もしかしたら亀はすべてを悟って、半ば諦めていたのかもしれません。



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by tsukasa-kawa | 2017-09-11 21:08 | 日常雑記

9月10日のお話

 1円玉の直径はぴったり2cmです。そして一寸とは3.03cmで、だいたい1円玉1個半ぐらいと思っていただければよいでしょう。
 それが一寸法師の全長です。キン消しかな?
 こんなサイズの赤ん坊では、生まれて0.5秒で窒息というか、そもそも出てこられるのかよという疑問がありますが、シモの話を続けては僕のなけなしの品格に関わってきますので、とにかく無事に生まれてきたんだということにしましょう。それでは一寸法師です。

 子供のない老夫婦がせめて親指ほどの大きさでもいいので子供を、と神仏に祈ったら本当にそのサイズの子供が生まれ、その大きさのまま成長した。
 一寸法師と名づけられたその子は武士になるために京へ行くことにし、お椀の舟で川を下る。
 京に着くと、とりあえず偉いひとの家へ仕官に行き、働かせてもらうことになる。
 その家の娘と宮参りに行った際、娘をさらおうとして現れた鬼と戦い、やっつけて打ち出の小槌を手に入れる。それによって人並みの大きさになり、さらに打ち出の小槌から財宝も手に入れて末代まで栄えた。めでたしめでたし。

 すげえな打ち出の小槌。わざわざさらおうとしなくても「人間の絶世の美女出てこーい」って言ってこいつをガンガン振ったら出てくるんじゃないの。SSR出ませーい出ませーい(ネットでかじった言葉です)。

「一寸法師」にもいろいろバージョンはありまして、一寸法師が寝ている娘の口に米だかあんこだかを塗りたくり「俺の飯を食われた」などと濡れ衣を着せて仕官先の家から好条件を引きだすというナニワ金融道か極悪がんぼに出てきそうなものもありますが、その後、別に悪知恵で鬼を追い払うわけでなし、上記のような感じで、勇敢で冒険心にあふれた若者ということでいきましょう。アリエッティだってヤカンで川を旅したのにこいつはお椀ですからね。

 さて、そんな一寸法師と対峙した鬼はどう思ったでしょうか。キン消しですからね、大きさ。針を持っているとはいえ、舐めてかかるのも仕方ないかもしれません。そんな一寸法師を、鬼は一呑みにしてしまいます。過失があったとすれば、針ごと呑みこんでしまったことでしょうか。
 鬼の胃袋が人間と同じ構造なら噴門が閉じてしまうので、一寸法師は誕生以来の窒息の危機に見舞われ、暴れるどころではないと思うのですが、胃袋の構造が違うのか、一寸法師は酸素を必要としないのか、彼は胃袋を内側からめった刺しにして鬼を痛めつけ、追い払います。
 ここで鬼は打ち出の小槌を落としていきました。これを使えば逃げる必要などはなく、逆転の道はいくらでもあったはずでした。胃袋の中に何かを入れて一寸法師を苦しめるとか、一寸法師が口から飛び出た後に虫を出して襲わせるとか、手はあったのです。
 ですが、鬼はそういった行動を取りませんでした。使うそぶりさえ見せなかったあたり、もしかしたら打ち出の小槌を使いこなせなかったのかもしれません。
 このお話に教訓があるとすれば、己の武器を上手く使えない者が負けるというところでしょうか。一寸法師の武器である小ささを、鬼は何らかの手段で無力化するべきだったのです。鬼の武器である巨体も何もかも、胃袋の中に逃げこまれることで無力化されたのですから。



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by tsukasa-kawa | 2017-09-10 23:59 | 日常雑記

9月9日のお話

 月には現代文明をはるかにしのぐ超文明があったんじゃー!
 そんなMMR(マガジン・ミステリー・ルポルタージュ)に出てきそうな妄言を吐いたところでかぐや姫です。MMRみたいな漫画っていまでもどこかで連載しているのかな。
 話を戻しましょう。正式名称は竹取物語。日本最古の物語といわれています。ちょっとまたあらすじにつきあってくださいな。

 昔々あるところに、竹を取っては様々な用途に使って暮らしていたお爺さんとお婆さんがいた。
 ある日、お爺さんが竹を取りに出かけると、金色に輝く竹があった。切ってみると、その中には女の子がいた。
 子供のいないお爺さんは女の子を抱いて帰り、自分たちの子として慈しんで育てた。女の子はすくすく大きくなり、美しく育った。また、お爺さんはその後、竹藪で金の詰まった竹を見つけるようになり、大金持ちになった。
 女の子の美しさは評判となって、貴賤を問わず多くの男たちが彼女の顔を見ようと訪れ、求婚する者も現れた。
 多くの者が諦めていく中で、五人の公達(ようするに上流貴族と思われたし)が残った。
 かぐや姫は、この五人に条件を出し、彼らはことごとく失敗した。死人も出た。
 やがてかぐや姫の噂は帝の耳にも入り、帝は彼女に会いたがった。かぐや姫は最初のうち会おうともしなかったが、いろいろあって、どうにか和歌のやりとりぐらいはできるようになるまで進展した。そのころから、かぐや姫は物憂げに月を見るようになった。
 かぐや姫は自分が月の者であることを明かし、遠からぬうちに迎えが来ると言った。お爺さんは驚いて帝に相談し、帝は多数の兵で月の使者を迎え撃とうとしたが何もできず、かぐや姫は帝に贈り物をして月へと帰っていった。 

 地上人の視点で見ると見事なバッドエンドです。
 お爺さんとお婆さんや帝は言わずもがなですが、五人の公達ね。特別な存在から、おまえちょっと遠くへ行ってあれ取ってこい的な試練を課せられる話は神話なども含め、古今東西で多数あります。日本だと神話になりますが、大国主命が素戔嗚尊の課した試練をくぐり抜けて須勢理毘売命と結ばれる話があり、外国産だと神託によって十の試練を課せられたヘラクレスが有名でしょうか。この公達たちも状況は似たようなものです。
 かぐや姫は、仏の御石の鉢だの蓬莱の玉の枝だのを彼らに要求しました。求婚を断るために無理難題をふっかけたと見ることもできますが、一度騙されかけているところからもわかるように、彼女は現物を知りません。試練を達成するチャンスは、たしかにあったのです。
「かぐや姫」を特別な存在が試練を課す物語として見た場合、試練を達成する=かぐや姫を納得させる=英雄になれる者を求めていたと考えることもできます。
 ですが、彼らは英雄になれなかったのです。知恵においても、力においても、運においても。

 かぐや姫のキャラクターについて、ちょっと考えてみましょう。なんでこの子は竹を光らせてまでその中にいたのか。かぐや姫を迎えに来た月の使者は、お爺さんに向かってこんなようなことを言います。
「お爺さんが善いことをしたので、助けるために片時の間、姫を遣わして、黄金を儲けさせるようにした。姫の罪も消えたので、迎えに来た」
 作中では説明されませんが、かぐや姫には何らかの罪があり、またこれも作中では説明されませんが、お爺さんは何か善いことをしたようです。地上にいる一介の竹取り暮らしのお爺さんの行動を、なぜ月の住人がウォッチャーしていたのかは不明ですが、そういうこともあるのでしょう。
 そして、月の住人はかぐや姫を竹の中に放りこんでお爺さんに拾わせ、その後も竹を通して黄金を与えていたようです。かぐや姫を選んだ理由は、前述したように罪があるから。月の使者は、地上を穢れたところだとも言っているので、かぐや姫にとって地上での暮らし=罪の償いであったようです。

 ただ、これは解釈の仕方によりますが、かぐや姫の犯した罪というのは、情状酌量の余地があるものだったのでしょう。だからこそ、善行を為した、すなわち善人であろう老人のもとに、黄金といっしょに預けたのだと思われます。地上の住人をウォッチャーしていたのも、預けるのによさげな家をさがしていたのかもしれません。いちいち竹に詰めるんじゃなくてじかに家に送れやと思わないでもないですが、月の担当者が竹に思い入れがあったのでしょう、たぶん。
 罪の償いとして地上で暮らしながら、かぐや姫は何を思っていたのか。壁に正の字を刻みながら「あと何年かすれば迎えが来るはずや」と思っていたのでしょうか。自分が月の住人であることをお爺さんとお婆さんに明かしたとき、彼女は「別れが辛い」と語るのですが、長い年月を地上で過ごすうちに情が移ったのでしょうか。

 月の住人であるかぐや姫は、月の国の力を知っていました。竹まわりの諸々もそうですが、帝が用意した一千の兵を、彼らは不思議な力で無力化できるのです。他の昔話と比較しても、神や仏に相当する力を持っています。彼らが迎えに来ればどうにもならないことを、かぐや姫は悟っていたでしょう。
 月の国に対抗できる存在がいるとすれば、それはまさに神や仏に相当する英雄に違いありません。
 そう考えて、かぐや姫は英雄を求めたのではないでしょうか。
 しかし、英雄になれた者はいませんでした。
 頂点に立つ存在である帝さえ、最後は何もできませんでした。
 かぐや姫は、英雄がついに現れなかったという物語なのかもしれません。



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by tsukasa-kawa | 2017-09-09 18:25 | 日常雑記

9月8日のお話

 今日は暑い日でした。雨でじとっと湿っているよりはからっと晴れている方が好きなんですが、加減はすべてお天道様次第とあって、ほどよい暑さというものはなかなかないものです。
 さて、鶴の恩返しです。困っている動物を助けたら美少女に化けて押しかけ女房しにきた、という筋書きの原典ともいえる作品ではないでしょうか。地域によっては鶴女房という、まさに押しかけ女房な話もありますし。まあ、話の流れはこうです。

 お爺さんが町に出かけた帰りに、罠にかかってもがいている鶴を見つけて、助ける。
 それから数日が過ぎた雪の降る日、若い娘がお爺さん夫婦の家を訪れ、雪がやむまで泊めてほしいと頼み、滞在する。
 娘は老夫婦の世話を甲斐甲斐しく行い、このままこの家に置いてほしいと頼み、娘同然に扱われて暮らす。
 娘はお婆さんに頼んで機織り機を買ってもらい「作業中は中を覗かないでください」と言って、綺麗な反物をつくりあげる。
 反物は町で高値で売れ、老夫婦は裕福な暮らしができるようになる。その後も娘はたびたび反物をつくりあげる。
 お爺さんとお婆さんは娘がどうやって綺麗な反物を織っているか気になり、何度目かの作業中に、つい覗いてしまう。
 部屋の中では、鶴が自分の羽根を糸に混ぜながら綺麗な反物を織っていた。
「正体を見られてはここにいられません。さようなら」と、鶴は飛び去る。

 鶴の骨格で機織り機を使いこなしている点には目をつぶろう。些細なことだ。
「中を覗かないでください」
 先日お話しした「雪女」もそうでしたが、昔話にはこうした誓約を課してくるものがあります。まあ古事記に出てくる伊耶那岐、伊耶那美からしてそういうことやってますからね。海外にもよくありますし。
 つまり、人間は(神々すらも)好奇心にはたいがい負けてしまうということなのです。
 であれば、鶴が老夫婦との幸せな家庭を続けるには「いかにして好奇心を失わせ、中を覗く気にさせないか」が重要になってきます。
 ここで障子に鉄板を張るとか、鍵をつけるとかしては、好奇心を煽るだけ。
 羽根を織りこまないところだけ、人間の姿で見せてやれば騙せるのではと考えましたが、一度部屋に入ったら完成まで居座る可能性が高い。鶴の立場は居候であり、お爺さんへの恩からも、急性ヒステリーを起こして部屋から叩きだすのは難しいでしょう。
 であれば、気難しいアーティストを気取って部屋から遠ざけるというのは使えそうです。「完成まで引きこもるから。ご飯は廊下に置いといて」というやつです。
 機を織っている間、とにかく音痴な歌を歌って、物理的にお爺さんたちを遠ざける手もありでしょう。家庭は壊れるかもね。
 とはいえ、世の中アクションにリアクションはつきもので、何らかの行動を起こせば、それに対してお爺さんお婆さんも行動を起こすものなのです。また、何も起こさないとしても年月は過ぎていくわけで、いつか鶴が老夫婦の死を看取るか、あるいは疲れ切った鶴を老夫婦が看取るかという事態が起きるでしょう。
 正体を隠さなくてよくなったとき、鶴は真実を話すでしょうか。墓の下まで秘密を持っていくのでしょうか。
 そうしたところから、新たな昔話が生まれるかもしれません。



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by tsukasa-kawa | 2017-09-08 21:34 | 日常雑記

9月7日のお話

 うちの近所にはお地蔵様がいるんですけども、正直に申しあげて夜に見るのはめっちゃ怖いです。しかもお寺の中なので、明かりに照らされていまして、角度によっては光と闇のコントラストがね……。怖さを増幅するんですよ。
 そんな僕のご近所話をしたところで笠地蔵です。善いことをすれば報われる昔話の代表例ともいえる有名な作品ですね。最近ことあるごとにあらすじをうだうだ話していましたが、これについてはそこまでしなくていいだろうというほどにシンプルなお話です。

 ところで、このお地蔵さんたち。どれぐらいの力の持ち主なんでしょうか。お地蔵さんは地蔵菩薩なわけで、まあ仏力みたいなものがそうとうあるんだと思われます。
 このお話においては、自由に動きまわり、米や酒や野菜を自由に生みだすというキリストみたいな力を発揮します。
 言葉を発しないのは、さすがに喋ることができないのか、それともハードボイルドを気取っているのかはわかりません。とりあえずどのバージョンでもお爺さんたちはお地蔵様の背中を見ているので「善行は(お爺さんが笠をかぶせたように)見えないようにやっても、恩返しはわかるようにやれ」と訴えているのは間違いなさそうです。
 そう、背中を見ているのです。
 お地蔵さんたちは、歩いてお爺さんの家までやってきて、歩いて帰っていったのです。真夜中に。
 夜中に通りを歩いていて、暗がりの向こうからお地蔵さんが集団で歩いてきたら、まあ悲鳴をあげますね。二宮金次郎像じゃないけどオカルト案件でしょう。この界隈に怪しい呪術師とかがいたら、最悪の場合、よくないものに憑かれたとか言いがかりをつけられ、お地蔵さん打ち壊しの危機です。
 あるいはお地蔵さんたちはそこまで考えて、あえて自分たちの姿をお爺さんに見せることで、他の人間には上手く言っておけと伝えたのかもしれません。



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by tsukasa-kawa | 2017-09-07 21:53 | 日常雑記

9月6日のお話

 ネタが滑ったり派手に失敗したりして場を凍らせてしまったことのあるやつはおるかー。ここにおるぞー。
 具体的な話になると自虐風に語ってみてもしんどくなるので、さっさと本題に入りましょう。あ、今日の東京は湿っぽかったですね。夏以前に戻ったかのようでした。
 合いの手のつもりで天気について大雑把に語ったところで、こぶとり爺さんです。例によってバージョン違いがわんさかありますので、まずは基本的な認識の共有とまいりましょうか。

 あるところに、顔にこぶのある爺さんが二人いる。こぶがあっても陽気でほがらかな正直爺さんと、いつも誰かにやつあたりしている意地悪爺さんである。
 ある日、正直爺さんが山の中に入ると、鬼が宴会をしているところに遭遇する。楽しそうに見えたので、爺さんは飛び入り参加して踊り、鬼たちに大ウケ。「最高にクールだったぜ、ジジイ。また来いよ。それまでおまえのこぶは預かっておく」と、鬼たちにこぶをとられる。
 村に帰ってきた爺さんはそのことを話す。それを聞いた意地悪爺さんは山の中へ行き、宴会をしている鬼たちを見つける。
 爺さんは飛び入り参加するも、踊りが下手で鬼たちはおおいに白ける(本当は踊りが上手いが、緊張してガチガチになったという話もある)。「おまえ、もう来なくていいわ。こいつは返してやるよ」と、鬼たちにこぶを押しつけられる。

 バージョン違いは数あれど、最初に正直だの意地悪だの爺さんたちの人柄を紹介するところはほとんど共通しています。
 そして、それが話にまったく関係ないところも共通しています。「おまえ、性格悪いから認めないわ」とは、鬼たちは言いません。まあ神でも仏でもなく鬼なのですから善悪を云々するわけもないのですが。
 単純に技量または度胸が足りなかったというか、場を盛りあげる才能がなかったために、意地悪爺さんはこぶを押しつけられてしまったのです。何とも現実的ですね。意地悪爺さんがその状況を打開するには、鬼たちの反応を早い段階でつかみ、彼らが喜ぶようなアクションか、でなければこれなら得意というものに切り替えるべきだったのでしょう。正面から誠実に頼みこめば……いや、これは「こぶ取ってほしいんだ? じゃあ何か面白いことしてみて」と言われるパターンやろな……。
 バージョンによっては、この出来事によって意地悪爺さんは逆に奮起し、仕事に精を出して一財産築くというものもあるようですが、やはり何らかの形で救いはほしいものです。



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by tsukasa-kawa | 2017-09-06 21:00 | 日常雑記

9月5日のお話

 雪女。昔話の中でも怪談に近い性質を持つ話ですね。
 雪という言葉から、クール、冷たい、儚い、といったイメージを持たれることが多いと思います。漫画やアニメ等に出てくる雪女に明るい性格の子が多いのは、そういったイメージがあることを見越してのギャップ狙いかもしれません。
 民話レベルでは昔から語り継がれていましたが、ひとつの話として確立されたのは小泉八雲の「雪女」ではないでしょうか。

 ある冬の日、二人のきこり(老人と若者)が小屋の中で吹雪をしのいでいた。
 夜、二人が寝ているところへ何ものかが忍びこんでくる。それは白ずくめの美女だった。
 美女は老人の方のきこりに冷たい息を吹きかけて凍死させる。だが、若者の方のきこりに対しては「おまえは若いから殺さない。だが、このことを誰かに喋ったら殺す」と告げて去る。
 その後、きこりの若者はひとりの美女と出会う。二人は恋に落ちて結婚して子供も生まれる。
 ある晩、子供を寝かしつけた妻に、きこりは「そういえば昔、おまえにそっくりな女に会ったことが……」と昔のことを話す。
 雪女は正体を見せて「その女は私。誰かに喋ったら殺すと言ったはず。だが、子供がいる以上、どうして殺せようか」と言って去る。

 バージョン違いでは、二人組のきこりが親子であったり、「喋ったら殺す」ではなくて「喋ってはならない」という誓約に近いものだったり(その場合、破られた時点で雪女は去る)などがありますが、話の流れとしてはこんなところです。
 お爺さんを凍死させた割に、男に対しては雪女の行動がずいぶん甘いというか、気まぐれのように見えます。ですが、
「超常的な存在(神、妖精、精霊、妖怪等々)との契約によって窮地を脱する」
「その契約を破ることによって、大切なものを失う」
 というのは昔話においては王道で、その意味では筋が通っているのです。
 男は雪女との契約によって凍死をまぬがれ、契約の破棄によって愛する妻を失う。
 が、引っかかりを覚えるとすれば、契約の提案は雪女から割と一方的になされ(お爺さんが死んでいるので、男も助けてくれと望んだに違いありませんが)、契約の破棄後の対価の変更(男が死ぬのではなく、妻が消滅する)も、やはり雪女から一方的になされている点でしょうか。
 視点を変えれば、男に惚れた雪女の努力の物語に見えなくもありません。一目惚れしたので契約を交わしてでも生きながらえさせ、姿を変えて出会いをやり直し、最後には男をかばって消え去る。少女漫画っぽーい。大事なのは掟やルールをどう運用するかなんやなって。お爺さん? 運が悪かったんだよ……(まあ雪女は吹雪の化身であり、バージョンによっては雪女は生命力を吸う、というものもあるので、年老いた方から寒さによって死んでいき、若者が生命力の強さで生き残るというのはわからんでもないんだけど)。
 これに類型を求めるとすれば、外国産ですが、王子に会うために努力を重ねまくった人魚姫でしょうか。雪女は妖怪じみた(妖怪だからね)押しの強さでぎりぎりいいところまでいったんだけどねえ。



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by tsukasa-kawa | 2017-09-05 23:35 | 日常雑記