一〇八(仮)

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ライトノベル作家川口士のブログです

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新刊紹介・他

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>北風と太陽は誰かと協力し合う事の大事さも読み取れる気がします。
勝負という形になってますけど北風と太陽というコンビとして見ると結果全勝ですしね。

 たしかにそうですね。異なる能力や技術を持ったコンビの活躍は物語の王道でもありますし「北風と太陽」は勝負を2回とも描き、それぞれの長所を見せることで完成するのでしょう。

 さて、本日はGA文庫の発売日だそうですね。

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手島史詞   魔王の娘を嫁に田舎暮らしを始めたが、幸せになってはダメらしい。

手島さんの新作は「左手に拳銃を握って右手で握手をするような人類に優しい少年が、大好きな女の子と敵勢力のクソ田舎で村人たちと仲良く新婚生活(仮)をする、アットホームなスローライフファンタジー」(あとがきより)だそうです。興味のある方はぜひ。

 さて。
 ひとには言えない秘密をお持ちですか。ついうっかり知ってしまった内部事情、おまえだけにと告げられた内緒話、丹念な調査の末に突き止めた真実、誰にも言えない事件の真相、知られたくない過去の恥。
 そういった秘密をひとりで抱えることに耐えきれず、誰かに打ち明けたことはありますか。
 では、ギリシア神話はミダス王のエピソードのひとつ「王様の耳はロバの耳」です。

 ある事件から、神によって耳をロバのそれに変えられてしまった王様は、そのことを隠して日々を送っていました。ですが、理髪師が王様の髪を整える際、ロバの耳に気づいてしまい、誰に打ち明けることもできず、木のうろに叫んだら、木のうろから「王様の耳はロバの耳」と聞こえるようになったという話ですね(誰もいない草原に向かって叫び、そこに生えていた葦がロバの耳を連呼したんバージョンもある)。
 このことは瞬く間に広まってしまい、王様は犯人をさがさせ、理髪師を捕らえますが、考え直して助命します。すると、耳は元に戻りました。

 秘密というものは、一度、外へ出してしまえば、もはや広まるのを防ぐことなどできないということなのでしょう。このひとならばだいじょうぶだろう、という考えは通用しません。木や草でさえ、黙っていられないのです。
 偽の秘密のパターンをたくさん、だいたい23、4ぐらいつくってごまかすという手もありますが、それは一時しのぎにしかなりませんし、本当の秘密を知ってしまった者からは反発や軽蔑を買うことになるでしょう。
 多くのひとに知られず、闇に葬られた秘密は数多くあると思われます。ですが、ひとが未来を完全に見通すことができない以上、いま誰かの抱える秘密がそのようになるかはわからないのです。それならいっそ、王様のように認めてしまい、寛容さを示すことで開ける道もあるのやもしれません。
 それにしても、木なり草なりが騒ぐようになってからの理髪師は生きた心地がしなかったでしょう。秘密を抱えるというのは、難しいものです。



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# by tsukasa-kawa | 2017-10-13 23:58 | 新刊紹介

10月12日のお話

 話は聞かせてもらったぞ! 人類は滅亡する!

 小さなものから大きなものまで世の中にはさまざまな嘘がありますが、僕の知る中でいちばんスケールのでかい嘘はこのあたりでしょうか。なにせ人類ですからね。期限を区切ってはいないので、いつか人類が滅亡したときは本当のことになるのでしょうけれど。
 僕自身もこれまでに嘘をついたことは何度もありますが、嘘だとわかっても笑いごとですむ類の嘘は、まあ楽しいんですよね。たとえば、ある言葉の発音や意味を、わざと違うものを教えるとか。そのゲームには存在しないイベントをでっちあげるとか。15ターンで倒してもエスターク仲間になんねえじゃねえか!(Ⅴの話です)

 だまされた話をひとつしたところで、イソップから「狼と羊飼い」です。狼少年て言葉があるぐらい有名な話ですね。羊飼いの少年が「狼が来たぞー」と叫んで大人を呼んでからかい続けていたら、本当に狼が来た時に誰も駆けつけてくれず、羊をことごとく食われてしまったという話です。
 嘘をつき続けると、本当のことを言っても信じてもらえない。そういうことを伝える話といわれています。たしかに、現代でも通じるテーマではあります。信用をなくすまで嘘をつくのはよくないでしょう。
 しかし、嘘をつかないで生きられる人間が、どれだけいるでしょうか。人間がどのようにして生まれてくるのかを、子供に詳しく説明する大人はいません。ブサイクな人間にブサイクとストレートに言えるひとは多くないでしょう。病院嫌いの家族を気遣って、健康診断だとごまかして病院に連れていったという話は何度か聞いたことがあります。誰かをからかったり、見栄を張ったり、あるいは誰かと話を合わせるためだったり、誰かをかばうためだったり、何か理由があって嘘をついたことはありませんか。
 人間が嘘を必要とするのも、また事実です。

 嘘はひとつの武器であって、重要なのは使い方ということでしょう。誤った使い方をした場合は、戒められるべきなのです。その点で、このお話の大人たちは羊飼いの嘘に気づいていながら戒めることもなく、羊飼いの仕事を他のことに代えるでもなく、ほったらかしにしています。
 羊を存分に食べて味を占めた狼は、また何度か姿を見せるようになるでしょう。いつか狩り場を変えるまで。それまで、大人たちは狼を警戒しなければなりません。自分たちの身や他の家畜を守るために。
 それはついては駄目な嘘なのだと、誰も教えなかったことこそが、このお話の悲劇なのでしょう。



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# by tsukasa-kawa | 2017-10-12 21:38 | 日常雑記

10月11日のお話

 わしはまわりの連中とは違う。こんなんじゃない本当の自分が、よその土地でならきっと見つかる。
 わしは、こんな年季の入った肥だめみたいな町で一生を終える男じゃないんじゃー!
 そう叫んでまたひとり、一発逆転を狙って町へ行った男がおってのう……。1年で連絡がつかなくなってしもうた。

 そんな昭和昔話をしたところで、アンデルセンで有名な「みにくいアヒルの子」です。
 アヒルの子供たちの中に、なぜか一羽だけみにくい子が混じっていて、他の子からはいじめられ、母親からも見捨てられて家族を飛びだし、他の群れにも入れてもらえず、旅の末に自分が白鳥であることに気づく……というお話ですね。貴種流離譚の鳥版といったところでしょうか。まあ白鳥って成鳥になるまでだいたい1年ぐらいらしいので(飛べるようになるのは生まれてから3ヵ月ぐらい)、約1年の旅路だったわけですが。

 気になるのは、本当にいじめが原因で家族のもとを飛びだしたのかということです。
 もちろん個体差はあるでしょうが、白鳥ってどちらかというと気性が荒いんですよね。仲間だと思えば人間にも懐くのですが、そうでなければけっこう攻撃的という。
 この子がはじめて家族に違和感を覚えたのは、目の前の親鳥を親と認識できたかどうかでしょう。アヒルは刷り込みで親を認識するのですが、この子にはそれがないわけで。外見の問題ではなく、のっけから浮いていたのではないでしょうか。
 いじめがなかったとは言いません。この子が浮いていることを自覚したように、まわりの子もおかしいと思ったでしょうから。ですが、この子は自分から暴れて、その末に飛びだしたのではないでしょうか。

 家族のもとを飛びだしたあと、この子は自分の居場所を求めて他の群れをあたります。次々と追いだされるわけですが「おまえ、どう見てもアヒルじゃないよ」とは言われないのですね。正確には、言われた描写がない。
 白鳥とまではわからなくとも、アヒルでないことには気づくでしょう。あるていど成長したら羽の形とか違ってくるし。白鳥は飛べますからね、アヒルと違って。
 その指摘があれば、この子の旅はルーツを探す旅となり、まさに貴種流離譚となったわけですが、そうはなっていません。
 あきらかな外見の違いを、他の群れは「みにくい」だけでかたづけて排斥したのでしょうか。
 指摘はしたが、この子が聞こうとしなかったのではないでしょうか。

 白鳥の群れに指摘され、水面に映る自分の身体を見て、この子は自分が白鳥であることを受け入れます。
「飛べるアヒル」だとは思わないわけです。
 この子はやはり、もっと以前から「自分はアヒルではない」と思っていたのではないか。だからこそ、白鳥の指摘をすんなり受け入れたのでは。
 それまでは、アヒルでないとすれば何なのかがわからず、アヒル以下の何かかもしれないという恐れを捨てきれなかったため、自分は「みにくいアヒル」だと思うようにしていたのではないか。
 みにくいアヒルの子というのは、他称ではなく、自称だったのかもしれません。



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# by tsukasa-kawa | 2017-10-11 10:21 | 日常雑記

10月9日のお話

 ぐあっ! 美しい!
 美はパワー。超常的な美しさは、見る者を圧倒し、悪党を殲滅し、なんだかんだ世の中を平和にするそうですよ。
 仕事柄、休日はほとんど関係ないのですが、三連休もそうでした。いまだにずれの調整もできていませんが、これ以上空けないようにはしたい……。あと、読者の方は来月に出る本をお待ちくださると嬉しいです。
 さて「白雪姫」。有名なのはグリム版。映像ならディズニー版でしょうか。白雪とは、雪のように白い肌からきているわけですが、彼女はすばらしい美貌の持ち主だとされているのに、髪や瞳や唇などではなく肌の白さが名前になるというのはすごいものです。どれだけ美肌だったんだ。
 さておき、まずはあらすじを見ていきましょうか。

 ある国に、白雪姫という美しい王女がいた。
 その国の王妃は魔法の鏡を隠し持っており、毎日、鏡に向かって「世界でもっとも美しいのは誰か」と問いかけては「王妃様です」という答えを聞いて満足していた。
 ところがある日、いつもの質問に対して鏡が「白雪姫です」と答えた。王妃は嫉妬に狂い、白雪姫を殺そうと考える。
 王妃は猟師に白雪姫の殺害を命じる。しかし、猟師は白雪姫を森に連れていったところで殺すことをためらい、置き去りにする。王妃には仕留めた動物の肝臓を、白雪姫の肝臓だと言ってさしだす。
 王妃が安心したのも束の間、鏡はいつもの質問に「白雪姫です」と答える。王妃は再び白雪姫の殺害をくわだてる。
 一方そのころ、白雪姫は森の奥の洞窟で暮らす七人の小人のところに住みこんで、家事をがんばっていた。
 王妃は腰紐売りに化けたり、櫛売りに化けたりして白雪姫の殺害をたびたび試みるが失敗、林檎売りに化けて毒林檎をかじらせ、ようやく成功する。
 白雪姫が死んだと思って悲しむ小人たちのところに、王子が現れる。王子は白雪姫に一目惚れし、死体でもかまわないからと小人たちから引き取る。
 白雪姫の入った棺を担いでいた家来がけつまずき、その拍子に白雪姫は毒林檎を吐きだしてよみがえる。
 王子と白雪姫の披露宴の席で、王妃は焼けた鉄靴を履かされて、死ぬまで踊らされる。

 バージョンによっては、白雪姫は喉に詰まっていた毒林檎のかけらを吐きだしてよみがえる、とかなっていて、じゃあこの子って毒は関係なくて窒息死だったの? とか思うところはあるのですが、ゲーム的に毒で戦闘不能とかそんな感じで捉えればよさそうです。
 それから王子、どうも他国の人間のようなんですが(自分の国に連れ帰って妻とした、というバージョンがある)、白雪姫や王妃にしたことを考えると、王妃の国を征服しておそらくは最高権力者である王妃を処刑し、その後継者を妻にして併合したとかそんなオチなんじゃないだろうか。それだと、死体でもかまわないからと引き取った理由にはなるんですよね。死んでいることを隠して(せめて結婚式が終わるまで)妻にして、形式上でも国をものにするという……。

 それにしても、なぜ王妃はここまで白雪姫を殺害することに固執したのでしょうか。もちろん、彼女を殺害すれば自分が「もっとも美しい存在」に返り咲けるからなのですが。
 では、美しさとはなんでしょうか。身体の一部に限定して「美しい髪」「美しい瞳」などと言うことがあります。また、善良であることを「美しい心」と言うこともあります。信念を貫く毅然とした態度や、長い年月をかけて技術と経験を染みこませた、傷だらけの職人の手に美を感じることもあるでしょう。
 万人が認める美とは、あるのでしょうか。魔法の鏡ならば、それを知っているのでしょうか。

 王妃は、白雪姫より美しくなかったのでしょうか。たとえば髪、あるいは瞳、唇など、すべての点で、美しくなかったのでしょうか。おそらく、そんなことはなかったでしょう。
 ですが、王妃は魔法の鏡の言葉を疑いませんでした。魔法の鏡は嘘を言わないからです。より正確には、鏡は嘘を言わないと、王妃は信じているからです。そう信じることによって、自分の美しさに自信を持つことができていたからです。その意味で、王妃の美しさは鏡によって支えられたものでした。

 どんなものであれ、ある日突然違うことを言えば、まずは故障を疑うのではないでしょうか。
 しかし「白雪姫がもっとも美しい」と鏡が言った時、王妃は鏡がおかしくなったとは思いませんでした。
 ひとつには、王妃も内心では、白雪姫の美しさを認めていたからだと思われます。
 もうひとつは、王妃は自分を美しいと思えなくなってしまったからでしょう。自分の中に基準があれば「そんなことはないでしょう。この爪とかあの子より綺麗ではなくて?」とか反論できたはずです。「あんな知性の感じられない騙されやすい小娘のどこがいいのさ」ぐらいは言ったかもしれません。だからこそ、王妃は白雪姫を殺すしかありませんでした。それ以外に美しさを取り戻す方法が、彼女にはなかったからです。
 もしも王妃に自分を美しいと思えるだけの自信や、美肌が強調されている小娘なんぞに負けてたまるかと美貌を磨く意地があれば、このお話も違った展開を見せたかもしれません。



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# by tsukasa-kawa | 2017-10-09 23:16 | 日常雑記

10月8日のお話

「北風小僧の寒太郎」って歌があるじゃないですか。NHKはみんなの歌でたまたま聴いたこととかありませんか。
 冬でござんす、とか言ってるから北風って冬のイメージなんですよ。槇原敬之も、北風がこの街に雪を降らす、とか歌ってたし。
 イソップが生まれたギリシアも北半球なので、北風のイメージはそう変わらないと思うんですよね。
 でさあ、冬の太陽って、たいして暖かくはなくね? 何か弱々しいし。5時ぐらいには沈んじゃうし。
 ギリシアは地中海性気候ですが、やっぱり冬はそれなりに寒いらしいし、三、四時間照らしたところで、旅人が「あちぃ! マント脱ぐか!」って考えるとは思えないんですよ。

 そんなごたくを挨拶代わりにだらだら述べたところで「北風と太陽」です。
 どうも原話は2回勝負らしく、1回目は旅人の帽子をとろうという勝負で、先に太陽が照らし続けるんですが、旅人は暑がって帽子をとらず、北風は強烈な風で帽子を吹き飛ばして一勝……というものらしいんですね。2戦目はみなさんご存じの通り、旅人のまとっているマントを脱がせることができるかどうかというアレです。必ず後手が勝つあたり、まるで料理漫画のようですね。
 つまり、この童話が伝えているのは、強引なやり方よりもじっくりやった方がいいよ、ではなく、ターゲットに合わせたやり方をとろうよ、というものらしいのです。まあ、すごむ刑事となだめる刑事のコンビだって、すごんで相手が全部吐くならそれだけでいいしね。
 しかし、世の中の面倒の多くは、どこも人材がさほど豊富ではなく、適材適所に恵まれないことです。北風としてのアクションが通じない場所に、北風が派遣されることもままあるでしょう。そういうときは勝てる環境をつくるというのも、またひとつの手ではないでしょうか。



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# by tsukasa-kawa | 2017-10-08 16:56 | 日常雑記