一〇八(仮)

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ライトノベル作家川口士のブログです。「魔弾の王と戦姫」18巻、それから片桐雛太さんの魔弾画集、11月25日発売です。よろしくお願いします。

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10月11日のお話

 わしはまわりの連中とは違う。こんなんじゃない本当の自分が、よその土地でならきっと見つかる。
 わしは、こんな年季の入った肥だめみたいな町で一生を終える男じゃないんじゃー!
 そう叫んでまたひとり、一発逆転を狙って町へ行った男がおってのう……。1年で連絡がつかなくなってしもうた。

 そんな昭和昔話をしたところで、アンデルセンで有名な「みにくいアヒルの子」です。
 アヒルの子供たちの中に、なぜか一羽だけみにくい子が混じっていて、他の子からはいじめられ、母親からも見捨てられて家族を飛びだし、他の群れにも入れてもらえず、旅の末に自分が白鳥であることに気づく……というお話ですね。貴種流離譚の鳥版といったところでしょうか。まあ白鳥って成鳥になるまでだいたい1年ぐらいらしいので(飛べるようになるのは生まれてから3ヵ月ぐらい)、約1年の旅路だったわけですが。

 気になるのは、本当にいじめが原因で家族のもとを飛びだしたのかということです。
 もちろん個体差はあるでしょうが、白鳥ってどちらかというと気性が荒いんですよね。仲間だと思えば人間にも懐くのですが、そうでなければけっこう攻撃的という。
 この子がはじめて家族に違和感を覚えたのは、目の前の親鳥を親と認識できたかどうかでしょう。アヒルは刷り込みで親を認識するのですが、この子にはそれがないわけで。外見の問題ではなく、のっけから浮いていたのではないでしょうか。
 いじめがなかったとは言いません。この子が浮いていることを自覚したように、まわりの子もおかしいと思ったでしょうから。ですが、この子は自分から暴れて、その末に飛びだしたのではないでしょうか。

 家族のもとを飛びだしたあと、この子は自分の居場所を求めて他の群れをあたります。次々と追いだされるわけですが「おまえ、どう見てもアヒルじゃないよ」とは言われないのですね。正確には、言われた描写がない。
 白鳥とまではわからなくとも、アヒルでないことには気づくでしょう。あるていど成長したら羽の形とか違ってくるし。白鳥は飛べますからね、アヒルと違って。
 その指摘があれば、この子の旅はルーツを探す旅となり、まさに貴種流離譚となったわけですが、そうはなっていません。
 あきらかな外見の違いを、他の群れは「みにくい」だけでかたづけて排斥したのでしょうか。
 指摘はしたが、この子が聞こうとしなかったのではないでしょうか。

 白鳥の群れに指摘され、水面に映る自分の身体を見て、この子は自分が白鳥であることを受け入れます。
「飛べるアヒル」だとは思わないわけです。
 この子はやはり、もっと以前から「自分はアヒルではない」と思っていたのではないか。だからこそ、白鳥の指摘をすんなり受け入れたのでは。
 それまでは、アヒルでないとすれば何なのかがわからず、アヒル以下の何かかもしれないという恐れを捨てきれなかったため、自分は「みにくいアヒル」だと思うようにしていたのではないか。
 みにくいアヒルの子というのは、他称ではなく、自称だったのかもしれません。



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# by tsukasa-kawa | 2017-10-11 10:21 | 日常雑記

10月9日のお話

 ぐあっ! 美しい!
 美はパワー。超常的な美しさは、見る者を圧倒し、悪党を殲滅し、なんだかんだ世の中を平和にするそうですよ。
 仕事柄、休日はほとんど関係ないのですが、三連休もそうでした。いまだにずれの調整もできていませんが、これ以上空けないようにはしたい……。あと、読者の方は来月に出る本をお待ちくださると嬉しいです。
 さて「白雪姫」。有名なのはグリム版。映像ならディズニー版でしょうか。白雪とは、雪のように白い肌からきているわけですが、彼女はすばらしい美貌の持ち主だとされているのに、髪や瞳や唇などではなく肌の白さが名前になるというのはすごいものです。どれだけ美肌だったんだ。
 さておき、まずはあらすじを見ていきましょうか。

 ある国に、白雪姫という美しい王女がいた。
 その国の王妃は魔法の鏡を隠し持っており、毎日、鏡に向かって「世界でもっとも美しいのは誰か」と問いかけては「王妃様です」という答えを聞いて満足していた。
 ところがある日、いつもの質問に対して鏡が「白雪姫です」と答えた。王妃は嫉妬に狂い、白雪姫を殺そうと考える。
 王妃は猟師に白雪姫の殺害を命じる。しかし、猟師は白雪姫を森に連れていったところで殺すことをためらい、置き去りにする。王妃には仕留めた動物の肝臓を、白雪姫の肝臓だと言ってさしだす。
 王妃が安心したのも束の間、鏡はいつもの質問に「白雪姫です」と答える。王妃は再び白雪姫の殺害をくわだてる。
 一方そのころ、白雪姫は森の奥の洞窟で暮らす七人の小人のところに住みこんで、家事をがんばっていた。
 王妃は腰紐売りに化けたり、櫛売りに化けたりして白雪姫の殺害をたびたび試みるが失敗、林檎売りに化けて毒林檎をかじらせ、ようやく成功する。
 白雪姫が死んだと思って悲しむ小人たちのところに、王子が現れる。王子は白雪姫に一目惚れし、死体でもかまわないからと小人たちから引き取る。
 白雪姫の入った棺を担いでいた家来がけつまずき、その拍子に白雪姫は毒林檎を吐きだしてよみがえる。
 王子と白雪姫の披露宴の席で、王妃は焼けた鉄靴を履かされて、死ぬまで踊らされる。

 バージョンによっては、白雪姫は喉に詰まっていた毒林檎のかけらを吐きだしてよみがえる、とかなっていて、じゃあこの子って毒は関係なくて窒息死だったの? とか思うところはあるのですが、ゲーム的に毒で戦闘不能とかそんな感じで捉えればよさそうです。
 それから王子、どうも他国の人間のようなんですが(自分の国に連れ帰って妻とした、というバージョンがある)、白雪姫や王妃にしたことを考えると、王妃の国を征服しておそらくは最高権力者である王妃を処刑し、その後継者を妻にして併合したとかそんなオチなんじゃないだろうか。それだと、死体でもかまわないからと引き取った理由にはなるんですよね。死んでいることを隠して(せめて結婚式が終わるまで)妻にして、形式上でも国をものにするという……。

 それにしても、なぜ王妃はここまで白雪姫を殺害することに固執したのでしょうか。もちろん、彼女を殺害すれば自分が「もっとも美しい存在」に返り咲けるからなのですが。
 では、美しさとはなんでしょうか。身体の一部に限定して「美しい髪」「美しい瞳」などと言うことがあります。また、善良であることを「美しい心」と言うこともあります。信念を貫く毅然とした態度や、長い年月をかけて技術と経験を染みこませた、傷だらけの職人の手に美を感じることもあるでしょう。
 万人が認める美とは、あるのでしょうか。魔法の鏡ならば、それを知っているのでしょうか。

 王妃は、白雪姫より美しくなかったのでしょうか。たとえば髪、あるいは瞳、唇など、すべての点で、美しくなかったのでしょうか。おそらく、そんなことはなかったでしょう。
 ですが、王妃は魔法の鏡の言葉を疑いませんでした。魔法の鏡は嘘を言わないからです。より正確には、鏡は嘘を言わないと、王妃は信じているからです。そう信じることによって、自分の美しさに自信を持つことができていたからです。その意味で、王妃の美しさは鏡によって支えられたものでした。

 どんなものであれ、ある日突然違うことを言えば、まずは故障を疑うのではないでしょうか。
 しかし「白雪姫がもっとも美しい」と鏡が言った時、王妃は鏡がおかしくなったとは思いませんでした。
 ひとつには、王妃も内心では、白雪姫の美しさを認めていたからだと思われます。
 もうひとつは、王妃は自分を美しいと思えなくなってしまったからでしょう。自分の中に基準があれば「そんなことはないでしょう。この爪とかあの子より綺麗ではなくて?」とか反論できたはずです。「あんな知性の感じられない騙されやすい小娘のどこがいいのさ」ぐらいは言ったかもしれません。だからこそ、王妃は白雪姫を殺すしかありませんでした。それ以外に美しさを取り戻す方法が、彼女にはなかったからです。
 もしも王妃に自分を美しいと思えるだけの自信や、美肌が強調されている小娘なんぞに負けてたまるかと美貌を磨く意地があれば、このお話も違った展開を見せたかもしれません。



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# by tsukasa-kawa | 2017-10-09 23:16 | 日常雑記

10月8日のお話

「北風小僧の寒太郎」って歌があるじゃないですか。NHKはみんなの歌でたまたま聴いたこととかありませんか。
 冬でござんす、とか言ってるから北風って冬のイメージなんですよ。槇原敬之も、北風がこの街に雪を降らす、とか歌ってたし。
 イソップが生まれたギリシアも北半球なので、北風のイメージはそう変わらないと思うんですよね。
 でさあ、冬の太陽って、たいして暖かくはなくね? 何か弱々しいし。5時ぐらいには沈んじゃうし。
 ギリシアは地中海性気候ですが、やっぱり冬はそれなりに寒いらしいし、三、四時間照らしたところで、旅人が「あちぃ! マント脱ぐか!」って考えるとは思えないんですよ。

 そんなごたくを挨拶代わりにだらだら述べたところで「北風と太陽」です。
 どうも原話は2回勝負らしく、1回目は旅人の帽子をとろうという勝負で、先に太陽が照らし続けるんですが、旅人は暑がって帽子をとらず、北風は強烈な風で帽子を吹き飛ばして一勝……というものらしいんですね。2戦目はみなさんご存じの通り、旅人のまとっているマントを脱がせることができるかどうかというアレです。必ず後手が勝つあたり、まるで料理漫画のようですね。
 つまり、この童話が伝えているのは、強引なやり方よりもじっくりやった方がいいよ、ではなく、ターゲットに合わせたやり方をとろうよ、というものらしいのです。まあ、すごむ刑事となだめる刑事のコンビだって、すごんで相手が全部吐くならそれだけでいいしね。
 しかし、世の中の面倒の多くは、どこも人材がさほど豊富ではなく、適材適所に恵まれないことです。北風としてのアクションが通じない場所に、北風が派遣されることもままあるでしょう。そういうときは勝てる環境をつくるというのも、またひとつの手ではないでしょうか。



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# by tsukasa-kawa | 2017-10-08 16:56 | 日常雑記

10月7日のお話

 拍手レス
>実際あのお話の後の仕立て屋はどうなるんでしょうね…?
王様がわかってて着てるんでなければバレた後絶対追手かかるからパレードが始まった段階でヤベえ!ってなってますよね
もしかしたら王様は仕立て屋に自省を促す為にパレードを行ったのかもしれません賢王だコレ

「裸の王様」の話ですね。いくつかのバージョンでは、仕立屋はパレードがはじまるまえに逃げているんですよね。王様から前金もたっぷりもらっていますし。もっとも、おっしゃる通り、パレード後には追っ手がかかるでしょうし、王様が堂々とパレードを行ったその意図を追っ手から聞かされたら、改心するかもしれません。それだけでひとつの話にはなりそうです。

 それでは、まず挨拶代わりにとある漫画の名台詞を紹介したいと思います。
「ブタはブタ小屋へ行け!」
 ジャンプ漫画の名作「北斗の拳」からです。のちの愛蔵版などでは台詞を変えられてしまいましたが……。
 ほどよくワンクッション置いたところで、イギリスで語られていた民話がおおもとと思われる「三匹の子豚」まいりましょうか。

 三匹のブタが、それぞれ自分の家を作ろうと考える。
 一匹目は藁の家を、二匹目は木の家を、三匹目はレンガの家を作る。三匹の家ができあがったころ、狼が現れる。
 狼は藁の家を吹き飛ばして一匹目をぺろり、木の家も同じく吹き飛ばして二匹目をぺろり。
 しかしレンガの家は吹き飛ばせず、煙突から侵入しようとするが、ブタが煙突の下に仕掛けた大鍋の中に落ちてしまい、釜茹でにされて死ぬ。

 バージョンによっては、一匹目と二匹目はレンガの家に逃げて助かることもあるようですね。
 一匹目と二匹目は、藁や木の家だから狼に食べられてしまったのでしょうか。理由のひとつとしては、それもあるでしょう。三匹目のブタは、レンガの家によって狼の第一撃を防ぎ、反撃のための時間を手に入れていますから。
 しかし、煙突から侵入しようとする狼に対して的確な反撃を行うことができたのは、ブタが機転をきかせたからです。レンガの家にいるからだいじょうぶとたかをくくっていたら、食べられていたでしょう。すぐに大鍋を仕掛けることができたのも、自分の家について知り抜いていたからです。

 たとえば藁の家。藁は濡れると腐ってしまうので、なるべく水はけのよい土地を選び、雨が家の周囲に溜まらないよう溝を掘り、屋根や壁のメンテのために予備の藁を用意する必要があったでしょう。藁を扱うためのピッチフォーク(長柄の農具。昔の戦争で農民がよく使った)や、屋根の藁葺きをするための梯子も備えてあったはずです。また、藁を棒の先端に何本も巻きつけて火をつければ臨時のたいまつになりますし、藁で縄を編めばいくつかの仕掛けを用意することもできたでしょう。
 レンガの家に、煙を外へ出すための煙突が備えてあったように、その家で暮らすのであれば、それにともなって必要なものが設置されているはずです。
 藁の家は軽いので吹き飛ばされる。その通りかもしれません。ですが、それは藁の家の一面でしかなく、その利点や特徴を考えれば、狼が襲ってきたとしても戦いようがあったはずなのです。藁が安価であるというのなら、自分の家に火をつけて炎と煙で狼を退け、その間に逃げるという手もあるでしょう。
 昔話のひとつの面が、恐ろしい存在に知恵で打ち勝つことであれば、このお話もまた、知恵を尽くすことの重要性を伝えようとしているのかもしれません。



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# by tsukasa-kawa | 2017-10-07 01:12 | 日常雑記

10月6日のお話

「お兄ちゃん、あそこに真っ黒なおうちがある!」
「あれは……あれはお菓子の家だ! お菓子の家に森中の虫とか虫とか虫とかがびっしりたかってるんだ! あっ、熊もいる!」
(真っ黒な家の中から老婆の悲鳴が聞こえてくる)
「逃げるぞ、グレーテル!」

 小さいころ、樹液の出る木に傷をつけたり、木に蜂蜜や砂糖水を塗ったりしてカブトムシなどをおびきよせ、捕まえた経験はありますか? どうも蜂蜜や砂糖水よりもバナナをてきとうに発酵させて木に縛りつけておいた方がいいらしいですが、ようするに虫は甘いものが好きなんですね。お菓子の家なんてものが森の中にあったら、ヘンゼルたち以前に虫が放っておかないでしょう。兄妹がちぎっては食べ、ちぎっては食べていたことからも、害はなさそうですし。
 さて、挨拶代わりの小話を終えたところで、ドイツはヘッセン州に伝わる民話をグリム兄弟が拾いあげた「ヘンゼルとグレーテル」です。「お菓子の家」というタイトルで呼ばれることもありますね。あらすじをざざっと書いてみましょうか。

 ある貧しい一家が、口減らしのために二人の子供=ヘンゼルとグレーテルを森の中へ捨てに行く。しかし、ヘンゼルは目印代わりに白い小石を地面に落としていたので、家に帰ってくる。
 数日後、両親は森の奥の方へ二人の子供を捨てに行く。小石を拾う余裕がなかったヘンゼルは、仕方なくパンをちぎって地面に落としていくが、すべて鳥に食われてしまう。
 森の中をさまよった二人は、お菓子の家を見つけてさっそく食べはじめる。そこへ老婆が現れ、ごちそうをあげるからと二人を中に招き入れる。
 老婆の正体は人食い魔女だった。ヘンゼルは牢に入れられ、グレーテルはヘンゼルを料理するための手伝いをさせられる。
 魔女はかまどの様子を見るようにグレーテルに言い、グレーテルは隙をついて魔女をかまどに押しこめて焼き殺す。
 ヘンゼルは助けられ、二人は魔女の財宝を手に入れて家に帰りつく。二人を積極的に捨てようとしていた母は病気で死んでおり、父親は謝った。めでたしめでたし。

 この兄妹の年齢、いくつなんだろうね。だいたいの絵本だと十二、三歳ぐらいに見えるんだけど、人間が知恵と機転で人食い系の怪物をとっちめる話の中では最年少なイメージがある。バージョンによっては兄妹の母が継母だったり、父親は最初からおらず、母親も最後に死んで兄妹が家なき子になったりといろいろありますが、兄妹が森の中に捨てられるのは共通しています。
 最初、兄妹が家に帰ってきたのは他に道がなかったからでしょう。しかし、二度目は魔女の財宝があります。知恵に関してはすでに兄が上で(ヘンゼルが落としていった小石に父は気づけなかった)、度胸に関しても妹が上といっていいでしょう(父は妻に逆らえなかったが、妹は魔女を焼き殺した)。
 それでも帰ってきたのは、父親への愛情でしょうか。村にいた方が暮らしやすいからか。二人はおおいに成長しましたが、おそらく年齢上はまだ子供なのです。
 父親は、今度こそ父親らしく振る舞うことを要求されるでしょう。兄妹からだけでなく、自分自身からも。いつか誰もが納得するときまで。
 父親が最後まで生き残り、兄妹が家に帰ったのは、大人のやったことはどこまでもついてまわるのだと、伝えるためなのかもしれません。



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# by tsukasa-kawa | 2017-10-06 11:08 | 日常雑記