一〇八(仮)

asakust.exblog.jp

ライトノベル作家川口士のブログです。「魔弾の王と戦姫」18巻、それから片桐雛太さんの魔弾画集、絶賛発売中です。よろしくお願いします。

ブログトップ | ログイン

<   2018年 04月 ( 30 )   > この月の画像一覧

4月30日のお話




 予期せぬ出会い、予期せぬ別れ、そして予期せぬ再会というものが、世の中には実は割とあります。一度きりと思っていたら、本当に思いもよらないところで顔を合わせておたがいに驚き、困惑するなど。10代ぐらいはともかくとして、30を超えるころには一度や二度は体験した方もいるのではないでしょうか。
 また、その場所で過ごした日々、戻ることのない時代にお別れを、という考え方についても、やはり30を超えても覚えている場合、思い出として留めている、言い換えれば引きずっているので、厳密には別れてないよねということに……。
 ひとにも思い出にも、またどこかで(可能性は低いけど)、と思っておいた方が、いいんじゃないかという気がするのです。僕自身、予想外の再会はもちろん経験しているし、小学校時代のあんなことやこんなことをいまだに覚えているし。

web拍手を送る

by tsukasa-kawa | 2018-04-30 23:58 | 日常雑記

4月29日のお話




 タンゴは18世紀後半にイベリア半島で踊られていた、というのが確認されているダンス形式でして、これを鬼が嗜むとすれば、当然それ以降の時代と考えられるわけです。ならば現代で学んでもおかしくなかろう。そんなノリで「赤鬼と青鬼のタンゴ」です。日本昔話などでも、鬼はちょくちょく人間に興味を示しますからね。
 しかし鬼が夜の山の中でタンゴを踊っているさまを人間が見たら、どう思うでしょうか。よほどダンスに詳しいひとでなかったらタンゴと思わないんじゃないか。もしも山の中で鬼を見かけて、しかもその鬼が不可解な動きをしていたら、彼らなりの踊りなのかもしれません。

web拍手を送る

by tsukasa-kawa | 2018-04-29 21:59 | 日常雑記

4月28日のお話




 犬というと、常に体力が有り余ってあちこち駆けまわるか、その逆に彫刻かな?というぐらい動かず眠りこけているかのどちらかな気がします。中間があまりいないというかね。そんなわけで「ねむいいぬ」です。眠いなあと思いつつ、気になることや知りたいことが多すぎて、ろくに眠れやしない犬の物語。
 ところで犬もやっぱりというか当然というか、環境の変化にはかなり敏感であるらしく、プチ怪談などでは可愛がってくれた爺ちゃんや婆ちゃんが亡くなると、そのそばに座っている光景がよくあるのですが、急に飼い主の構成が変わったらそりゃあ疑問を抱くと思うのですね。しばらく夫婦喧嘩が続いたあと、ある日突然違うパパがやってきたりとかね。

web拍手を送る
by tsukasa-kawa | 2018-04-28 22:58 | 日常雑記

4月27日のお話




「おばあのお守り」です。僕が子供のころは、さすがに向かいではありませんが、近所や知りあいにこういうお婆ちゃんがいた気がします。朝夕の挨拶や叱るべき時は叱ってくれるなど。ある意味、地域社会の象徴だったといえるかもしれません。言い換えれば、遠い思い出の人物ともいえましょうか。
 そして、自分はたしかに覚えているのに、なぜか誰も覚えていないというのも、昔の話をしたときには珍しくないことだと思います。ただの記憶違いかもしれません。おばあちゃんは割と遠くのひとで、お守りは全然関係ないひとからもらったものかもしれない。しかし、もしかしたらそれは自分しか体験しなかったことなのかもしれません。そういうこともたまーにあるしね、たまーに。

web拍手を送る
by tsukasa-kawa | 2018-04-27 22:06 | 日常雑記

4月26日のお話




 世間は確実に春から夏に移りつつあると思われる暖かさですよ。みなさんいかがおすごしでしょうか。
 さて「春の風」です。まあ「春の風」という歌はたくさんありまして、杉並児童合唱団の歌う「春の風」ですね。春の風が木々の芽などを撫でながら春の到来を告げる歌、ですが、怪談や妖怪四方山話なんかに出てくるように、木々がまともとは限らないのです。まして外来種とあれば。春は出会いの季節とよくいわれますが、ろくでもないものとの出会いも案外あるかもしれません。

web拍手を送る

by tsukasa-kawa | 2018-04-26 23:53 | 日常雑記

4月25日のお話




 身体は子供! 頭脳は大人! いや、ありゃ7歳/17歳だからちょっと足りないね。そんな感じで「はんぶんおとな」ですよ。20歳の頃の自分を振り返ると、大人?って感じなんですが、10歳の視線で考えると、あんなでも大人かもしれない。逆にいえば「はんぶんこども」なのですから、子供である期間をどうか大切にしておくれ、などと思ってしまうのは、もう子供には戻れないからなんでしょうね。しかし人間というのは一年ごとに均等に身体や能力が育っていくわけではないので、たぶん19歳になるぐらいでどうにか「はんぶんおとな」なのではと思わないでもなく。

web拍手を送る

by tsukasa-kawa | 2018-04-25 23:02 | 日常雑記

4月24日のお話




 踊って歌える熊のぬいぐるみが愛らしい自我を持った「ぼくはくま」ですよ。もっとも、エビフライをライバル認定したり、前世について考えたり、まだまだ自我が安定していない感じはあります。というか、これは本当にぬいぐるみの自我なんだろうか。それにしては、あまりに自分は熊だと自己主張しすぎではないか。字面だけ追っていくと熊らしさがないし。体毛がおそらく茶色なところと冬になると眠くなるところ? 聞きかじりっぽい。やはり、宿った命がとりあえず周囲をだますために自分は熊だと強調しているのではないか。まあやはりぬいぐるみはぬいぐるみでしかないので、愛らしいのでしょうが。映画「テッド」でさえ、ねえ。

web拍手を送る
by tsukasa-kawa | 2018-04-24 23:41 | 日常雑記

4月23日のお話




 ブランコは、公園にある遊具の中でも滑り台あたりと並んで親しみやすいものだと思うのですよ。そんなブランコの視点からお送りする「私はブランコ」です。
 ところで、夜の公園て昼とはまるで違う雰囲気を見せることがあるよね。風もないのにブランコがきいきい揺れたり。あと、夜遅くに公園の中にぽつんと立っている子供。この、何があったんだおまえ感。そんなときにブランコは何を思っているのか。明るくなってから来るだろう人々に思いを馳せているのか。もしかしたら、夜は夜で違う客を迎えているのかもしれません。

web拍手を送る

by tsukasa-kawa | 2018-04-23 21:40 | 日常雑記

4月22日のお話




 運動会のかけっこに正直いい思い出のない鈍足のわたくしでございますよ。ていうか小学生のころから割と普通に捨て種目とか、先生がうるさくて形式上全員参加しなくちゃいけないからとりあえず運動苦手なやつに押しつけておく競技とかあるよね。子供が純粋? ハッ(鼻で笑う音
 ここまでが挨拶でして、何でも一等だったというパパがはじめて挫折を味わうまでを歌った「パパとあなたの影ぼうし」ですよ。この手の、痛みを経験した方が強くなれる、という歌詞は時々見かけますが、死にかけたサイヤ人がそのまま死んじゃったらパワーアップもくそもないのと同じで、痛みから立ち上がれないとそのままぐずぐず崩れて終わってしまうので、子供向けの歌には立ち上がること、立ち上がって考えることの大切さをより説いていただきたいと思う次第であります。
 問題はどうやって立ちあがるかだけど、これってほんとケースバイケース過ぎるんでねえ。とりあえず風呂に肩まで浸かって飯食って酒飲んで寝て次の日丸々休んで水族館か動物園にでも行けば(すごい乱暴な結論

web拍手を送る
by tsukasa-kawa | 2018-04-22 22:13 | 日常雑記

4月21日のお話




 谷山浩子の幻想的な詞と曲、さらにどこか切なさを感じさせる歌声で全国のこどもたちにトラウマを植えつけてしまったらしい「まっくら森の歌」ですよ。個人的には大好きです、というかこういうファンタジーで儚さのある歌は好きだったので印象には残ってもトラウマにはならなかったなあ。楳図かずおの「ぎゃーっ!」の方がトラウマになるでしょ。
 それはそれとして、「光の中で見えないものが闇の中に浮かんで見える」「魚は空に小鳥は水に」など、すべての法則、因果がねじれて存在しているらしいまっくら森なら、昨日に戻ることなんて朝飯前のはず。ちょっとテンションあげまくってうっかり焼き討ちしちゃった過去をなかったことにするぐらい……できるかな? できたとしても、この手の特殊な世界って苛烈な代償がありそうですよね。

web拍手を送る
by tsukasa-kawa | 2018-04-21 21:52 | 日常雑記