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さて、一週間ぶりですね。GWも終わってしまい、夏に向けて暑くなってきたかと思いきや、また急に寒くなる日なんかもあったりして、厚着をかたづけられそうでかたづけられない昨今、皆さまいかがお過ごしでしょうか。まあずっと暑くてもそれはそれでつらいので、適度なあたたかさがなるべく長く続いてほしいところです。
ところで先日観てきたんですよ、「聖闘士星矢 The Beginning」。
個人的にはとても面白かったので、「星矢」ファンには観に行ってほしい所存。
まあ原作とはだいぶ? かなり? 話が違うんですけども。でもそれは原作を尊重してないというわけでは全然なく。
超序盤の、魔鈴さんが星矢を鍛えるところとか、びっくりするぐらい丁寧なんですよ。原子を破壊する説明とか。あと魔鈴さんのデザインそれ自体も非常によい。しかもこの話の構成だと姉=魔鈴さんも成立するかもしれん(原作だと星華姉さんがタイムスリップでもしないと無理な感じ。聖闘士ならできそうな気もするが)。他に、おおっと思った点を挙げるとしたら、プレート状の聖衣ボックスとか、鳳凰幻魔拳の演出とか、ペガサス対フェニックスの戦いとか。
思うに、現代を舞台にして新たに聖闘士の物語をつくるにあたって、どう現代と擦りあわせていくか、聖闘士と女神アテナの存在意義と関係をどう描くかを、それこそ懸命に突き詰めたと思うんですね。女神や聖闘士は何のためにいて、どんな力を持っていて、それは現代においてどう発現し、現代の情勢や科学技術や諸々とどう関わっていくのか。
原作において、星矢がアテナを守る聖闘士としての自覚を持つのは十二宮編に突入する直前ぐらいで、そこに至るまでには数々の戦いを経てアテナの小宇宙を何度か感じとりながら、という流れなんですが(LEGEND of SANCTUARYなんかは原作になるべく沿うことでそのへんざっくり流したよね。あれは黄金聖闘士との戦いが主眼なのであれで正しいと思う。でも魚座の扱いが雑だったのはユルセナイヨ…)、今回の映画は、星矢とアテナの関係を明確なものにしてしまうことを何より優先したと、そう思うんですよ。それがあってこそ、星矢の、姉をさがす以外の戦う理由が生まれるわけですし。
このへんは原作漫画と実写映画という媒体の違いもあると思うんだけど、原作漫画は現代を舞台にしながら、上手なバランスで現代から主人公たちを切り離しているんですよね。一方、今回の実写は、原作では名前しか出てこないグラード財団や、原作開始時点ではすでに故人だった城戸光政、その妻なんかを再設定して、現代を舞台にした上で地に足の着いた物語を描こうとしたんじゃないかなと。
まあ何か長々と書いたけど、聖闘士星矢といえば十二宮、黄金聖闘士というイメージが強すぎるけど(でもロストキャンバスは外伝含めて好きなんだよねえ)、そればかりではもちろんなく、まだまだ新しい物語を見せてくれるものなんだなと、そう思えて満足したわけです。
ぜひとも今後も続いて、他の聖闘士とアテナの関わりなんかを見せてほしいと思う作品でした。
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